コラム・読み物

コラム・読み物トップへ

親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

関連キーワードへ

この記事の関連キーワード
どのようにやっているの?家庭学習
私・子どもを変えたきっかけ
家族の支え・フォロー
日能研が心の支えになった

ボリュゾの歩き方〜目指せ偏差値50〜

  • 年度:2024
  • 性別:男子
  • 執筆者:
いわゆるボリュームゾーンと言われる息子。偏差値50が大台だ。目指せ50!が合言葉。
ボリュゾは本当に苦しい。

まず勉強させるまでが大変だ。
「栄冠やろうか」と声かけて、やっと机に座ったと思ったらやれトイレだ、飲み物だとやり始めるまでに何分かかるの?!と思い、始めたと思えば0と6、4と9は判別不能、転記ミス、文章良く読まずに頓珍漢な回答。毎度毎度脱力だ。

マイニチノウケン?息子は見たことない。
成績?気にしない。かろうじて塾の席順は気にしていたが、あの席順システムはマイニチノウケンを見ない子にも有効なのかと思っていた。
母にとって月曜14時は毎週戦慄の時間。

6年になっても息子はのんびりしていた。
夏は天王山?いやいや、登れずに麓を彷徨い、埋まらない基礎に焦り、428なんて難しくて出来やしない。基礎が埋まらなくて、夏・・・基礎クラスは428ではなく、もっと基礎の問題を徹底して潰すよう言われ、夏位からはとにかく担任がやれ!ということをひたすらやった。

100日前を過ぎても相変わらずやる気スイッチは入らない。もちろんスケジュール管理からやることの取捨選択は全て母である私だ。
「お母さん、何やればいいの?」
言い加減自分で考えてくれ!!でも息子はボリュゾだ。自分で考えて、自主的に出来る子ならばボリュゾから抜け出しているはずだ。ミスを軽んじ、入試では本気出す!とか言っていた。普段出来ていないことが何故入試本番で出来ると思うのか、不思議でならなかった。

過去問は12月まで合格点を超えなかった。
夏の成果はどこへやら?
この子は本当に受験するのか?

そんな息子の転機は1月受験後に訪れた。
第一志望と同じ偏差値帯の学校に不合格。
今まで偏差値30台を取っても知らん顔していた息子が初めて泣いたのだ。先生の前で「情けない」とわんわん泣いた。

入試の解き直しをしたら、ちゃんと図や式を丁寧に書いていれば正答出来る問題ばかり。この時から、息子は図や途中式を書くようになり、算数の力が格段に上がった。1月13日だった。途中式記念日。

その後は気迫溢れる追い込みを見せてくれた。息子がようやく受験生になった。理社メモチェや1月校の問題、算数は銀本をやりまくり、第一志望は叶わなかったが、持ち偏差値以上の第二志望に見事にご縁を頂いた。

併願や入試日程の日能研のアドバイスは本当に信頼出来ると実感できた。ボリュゾは戦略が大事だ。

合格短冊を見に行った時、ズラリと並ぶ難関校を見て「すごい!頑張ったんですね」と担任に伝えたら、「どの子も、どのクラスの子も、みんな頑張ったんですよ」と言われた。
あぁ、本当に日能研で良かったと思った。

テストが宙に舞ったことは一度や二度ではない。なぜこんなにやる気がないのか、何度言っても式を書かないのか、問題を読まないのか、イライラすることもあった。でもいくら叱り飛ばしても自分で気付かなければ変わらない。

子供を困らせること、見守って待つことが子育てにおいてとても難しいことだと痛感した。

息子も、そして母である私もたくさんの学びを与えてくれて成長させてくれた日能研の中学受験だった。鮮やかな栄冠を掴み取った訳でもなく、勉強が好きでもない幼い息子だったが、とにかく日能研が大好きだった。やる気のない日もバツばっかりでもとにかく栄冠を開く。内容は薄くても学びは止めない。日能研が大好きだから出来たことだ。

どうか皆さんも最後まで諦めずに走り抜けて欲しい。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
  • 前のドラマ
  • 次のドラマ

PageTop