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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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直前期「あと2点」からはじまる成長

  • 年度:2026
  • 性別:男子
  • 執筆者:
「試験のその日まで受験生の実力は伸びる」は本当だろうか?

12月で日能研全国公開模試が終わる。そこから約1ヶ月。2月の受験に挑む時点での正確な実力をはかるのは難しい。
また、午前午後と連戦が続く入試では、蓄積した緊張と疲労が本来の実力にどんな影響を及ぼすのかをみてとることも難しい。

入試直前の「実力」とその変化をよみるのは、子どもの小さな変化を一番近くで毎日感じられる親にしかできないのかもしれない。

うちの息子は6年秋まで野球中心の毎日。10月から受験勉強一本に絞ったものの、そこから深刻なスランプに陥り、偏差値は夏前の52から45まで低下。原因は理科社会の遅れを取り戻そうと注力しすぎたことと、国語と算数が「雑」になったことだった。もともと国算が得意だった息子は高得点を狙ってむやみにスピードをあげようとしていた。

国語は設問に関わる周辺だけを読んで解答するので、本文を通読していない。算数は早く解くために問われた内容を図や式できちんと整理せずに解き始める、というもの。

問題に取り組むフォームをしっかり戻せば、元の成績には戻せる可能性はあるが時間が足りない…そんなことにやっと気づいたのが11月。11/30の公開模試での復活を目指したものの、直前にインフルエンザで寝込み成績はさらに低下。どうにか12月の公開模試で夏前の52まで回復。とはいえ夏休み明けはこの1回しか50超がないまま年が明ける。

冬休み中の過去問演習では順調に得点を延ばし、なんとなく力がついていそうな気配は感じられるものの、試験場で出した結果ではないため確信がもてない。

志望校のレベルを当初の偏差値57-55から落とすべきかどうか、判断が難しい局面だった。
そこで埼玉の前受け校を判断基準に使うことにした。得点開示のある学校で過去問演習を一切せずに受けさせてみた。結果は予想R4偏差値56の学校に2点差の不合格。

不合格とはいえ正真正銘の入試での善戦から、長かったスランプの脱出を確信し、志望校を落とさずに勝負する決心がついた。

またしっかり数字として結果が出たことで息子の自信回復に繋がったとともに、「あと2点」という悔しさが本人のその後の取り組み姿勢を変えた。

一方、午後に挑んだ学校では疲労から力が出せず、特待コースの合格を逃す結果に。
この2つの経験から偏差値54-55の力はつきつつある最新の実力が測れた一方で、疲労があるとその力は偏差値50を切るところまで落ち込むこともわかった。従って「午後受験は危ない」という課題も明らかになった。

1月後半は当初の目標校を目指すための演習と、午後受験を想定した「疲労のある状態でも大崩れしない練習」をひたすら重ねた。

「午後受験の練習」とは具体的には以下のようなもの
・午後の受験予定校の過去問は朝からひたすら勉強して疲れた夕方ごろから取り組む
・午前受験よりも「切る」問題を多く設定させて基礎的な問題を確実にとるスタイルにする
・疲労の蓄積を防ぐために、午前中から学習の合間に水分を少しずつ取る、疲れを感じる前にラムネやフリスク、チョコを少量食べる

要は野球でいうところの「調子が悪くても試合をつくる」練習である。

これらを通して2月受験に挑み、本番ではR4偏差値55や52の学校には無事合格できた。
特に本命校後、疲労が残る2/1午後受験で掴んだ合格が流れを決めてくれた。どちらの学校も12月末時点で50を切っていた「持ち偏差値」では届かなかったところだった。

直前期にこれだけ変われたのは
・前受け校を通して現時点の実力を見極め、志望校のレベルを落とさない決断ができたこと
・午後受験の疲労対策が奏功したこと
・なによりも本人がこの2点を強く自覚し、自信と悔しさの両方を手にしたことの3点がだろう。

「試験のその日まで受験生の実力は伸びる」はやはり事実。

私たちに関しては前受けの「善戦しつつも届かなかった2点」と「午後受験の惨敗」が大きなきっかけであったと感じている。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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