小学3年生の2月から日能研に通っていた息子の受験は、順風満帆に見えて、最後は「親子の覚悟」が試される壮絶なドラマでした。これから受験を迎える方に伝えたいのは、偏差値やテクニック以上に大切な「自立心」と「家族のチームワーク」の話です。
「なぜ?」と「背中」で育てた幼少期
我が家では幼少期から「なぜそう思う?」「欲しいものはプレゼンして」と問いかけ続けました。転んでもすぐには手を貸さず、自分で起き上がるのを待つ。勉強に関しても「勉強しなさい」と言う代わりに、父である私自身が情報セキュリティ系の資格を取得し、大人が本気で学ぶ背中を見せました。これが、息子の「思考力」と「納得するまでやり抜く強さ」の土台となったと思います。
直前期の決断と母の献身
入塾前、母は様々な塾を調べ、まずは息子に一番合う塾の選定に全力を出していました。そして、小学3年生から伴走し、息子とともに文化祭や学校イベントに参加し、息子にどの学校がいいか、それはなぜなのかを聞くようにしていました。受験校に関して息子の意見を取り入れながら、最終的な志望校は、本人の意志を最大限に尊重して決定しました。直前期、息子は「感染対策と朝型リズムの徹底」のため、1月の最終週は学校を休むことを自ら提案してきました。午前は自宅、午後は塾というルーティンを自分で管理し、親はそれを信じて見守りました。
2月1日からの試練、そして逆転
しかし、本番には魔物がいました。2月1日、手応えを感じていたはずのJ附属がまさかの不合格。翌2日、チャレンジ校であるS校の受験直後に不合格の事実を告げると、気丈だった息子が初めて悔し涙を流しました。その足で日能研へ向かい、先生を交えた緊急の4者面談を行いました。折れかけたメンタルのケアが目的でしたが、そこで思いもよらないことが起きました。
「J附属はまだチャレンジできるが、どうする?」という先生の問いに、息子が即答したのです。「1日の結果に納得がいかない。4日のJ附属を受けたい」一度落ちた学校、しかも倍率が跳ね上がる最終日程への再挑戦です。しかし、彼の心は折れていませんでした。私たちはその「戦う意志」を尊重し、急遽追加での出願を決めました。
合格が一つもないまま迎えた3日、第一志望のSF校への挑戦は、親にとって心臓が張り裂けそうな緊張感でした。しかし息子は、プレッシャーを跳ね除けて全力を出し切りました。
そして迎えた4日、運命のJ附属リベンジ戦。「理科は満点かもしれない」と、自信に満ちた表情で試験会場から出てきた息子の言葉通り、見事に合格を勝ち取りました。さらに後日、第一志望のSF校からも合格をいただくことができ、家族全員で飛び上がって喜び、ようやく安堵しました。
伝えたいこと
中学受験は、単なる合格争奪戦ではありません。子供が「自分の人生を自分で切り拓く」ための通過儀礼です。親ができることは、転ばないように先回りすることではなく、転んだ時に「お前なら立てる」と信じて待つことでした。この受験を通じて、息子は一生消えない「自信」という名の武器を手に入れたのだと確信しています。
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