■プロローグ:日能研への転塾と息子の成長
5年生まで地元の個人塾に通っていた息子は、クラス分けがあり自分に合ったレベルの授業が受けられること、小学校の友達も多いことから、6年生進学時に日能研への転塾を決意した。初めてのクラス分けに緊張しつつも、すぐに希望クラスに入り、楽しそうに通い始めた。最初の模試では偏差値も高く好スタートをきったが、夏前の模試では偏差値が5程度下降。特に得意の算数が10ほど落ち、親としても不安が募った。
そこで夏休みは子供と一緒に毎日の時間割を作り、中期・短期の目標と進捗を「見える化」。やるべきことが明確になったことで、息子も自発的に机に向かうようになる。算数428問や漢字学習はある程度本人に任せてみると、控えめな性格の息子が先生に質問するようになり、成績にも反映されるなど小さな成功体験が積み重なり、やる気も上がる好循環も生まれ始める。12月の模試では4教科も算数も過去最高の偏差値を記録した。
■受験直前期:埼玉受験の反省と息子の本音
1月。午前・午後受験を体験するための練習として埼玉受験へ。想定通り1勝1敗だったものの、午前の上位校の点数開示を見ると下位1%レベルという結果に衝撃を受けた。午後の安全校も合格はしたが点数は物足りない。息子は本番に弱いタイプなのかと募る不安。できなかった理由を本人に聞くと「眠かった」とのこと。そこで本番1週間前からは、21時就寝・6時半起床の生活に切り替え、体内リズムを整えることに集中した。
受験スケジュールも日能研と相談し、息子の性格を考慮して1日午後はより確実な安全校へ変更。この判断が後に大きな意味を持つことになる。
そんな中、息子から「落ちても怒らないでね」と涙ぐむようなひと言。今まで“怒られないために受験していた”と気付かされ、胸が締めつけられた。「どんな結果でも怒らない。全部落ちても胸を張って公立の入学式に行こう。」そう伝えると表情が一気に晴れ、ここからの1週間は集中力が増し、親子の気持ちもひとつになった。
■受験本番期:一喜一憂の中で強さを増した子どもの背中とご縁
2月1日。第一志望校へ向かう息子の背中は、緊張と覚悟が入り混じりつつも大きく見えた。迎えに行くと「うーん」と今一つの感触、しかし午後の安全校は「すごくできた!」と満面の笑顔。全ての受験結果は本人が最初に見ると約束したため、翌日以降に備えて家族で早めの就寝。
2日。前日の午後受験校の結果は「合格」。ここから息子の表情や声色が、強さを帯びていった。やはり成功体験が息子には合っているようだ。午前の受験を終えて確認した1日の本命校は「不合格」。親として気持ちは揺れたが、そこから午後受験に向かう道中、とにかく前向きに声をかけ続けた。「まぁそうだよね」と息子は受け止めていたが、内心の葛藤は計り知れない。ここからの半日は、もし安全校以外の学校が全落ちだったら、、と親としても一番厳しい時間だったが、午後受験後に子供と確認した2日午前校が「合格」。親子で安堵し、翌3日は難関チャレンジ校へ挑む気持ちが整っていった。
3日。早朝に2日午後受験校も「合格」。勢いそのままにチャレンジ校へ。感触は可もなく不可もなくの様子だったが、翌4日の第一志望のリベンジに向けて静かに準備した。
4日。緊張していた1日とは別人のようにリラックスした息子は、好きなアニメや野球の話をしながら受験校へ。そして妻が迎えに行き、前日チャレンジ校の結果を知らせる12時半の電話。
「受かってたよ!」
その声を聞いた瞬間、全身が震えた。画面に映る合格の文字とピンクの背景。息子の横で妻がすすり泣く声が聞こえる。息子はいつの間にか、親をはるかに超える強さを身につけていた。
5日。第一志望校2回目の結果は「不合格」。しかし、この日から小学校生活に復帰した息子はもう気にしていなかった。
1月直前期の勉強時間を最も割いた第一志望校は2回受験しても受からず、ほぼ手が回らなかった難関チャレンジ校は合格。中学受験の「ご縁」という不思議を心から感じた瞬間だった。
■エピローグ ― 日能研での充実した時間と感謝
日能研に転塾して一年。短いながらも濃密な時間だった。親子で御礼に行くと「みんな来るから待ってる」と言われ、息子は4時間も日能研に滞在し、友達やスタッフと会話を楽しんでいたそうだ。
「祝賀会あるんだって、早く行きたいな」「中学生になっても日能研に遊びに行ってもいいんだよね?」
そんな言葉を聞き、転塾して良かったと心から思えた。
日能研のスタッフ・先生方、本当にありがとうございました。
この一年の努力と成長は、親子にとって一生の宝物です。
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- 今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。