以前に投稿した時には、事実ばかりになってしまったので、今回は感想を多めに入れて書こうと思い、今この体験記を書いてます。
私の第1志望校は女子学院中学校。5年生の時、先生に勧められたのがきっかけでした。文化祭に行ってみると、自分の好きなことが自由にやれるところに魅力を感じ、ずっと目指していました。しかし、私の、最大の壁は6年の後期。2月、3月も62ほどと落ち込んでいたが、このときはそれよりずっと悪い上に、長く続いていたのです。夏休み明け、最初の日能研全国公開模試が四捨五入して、65。それが65⇒63⇒64⇒61⇒60。61のときは国語で時間が足りず、絶対悪いという自信があったので、そのとおりだった。国語は53、、、笑うしかない、、、しかし、それ以外は悪いという自信・自覚はなく、予想外の結果が続いていたんです。できたと思っても、結果が出ない。その繰り返しだったんです。でも、傾向が違うからといって、あまりショックはうけませんでした。日能研が大好きで、社会のN先生の授業がとても楽しかったので、日能研に行くのは苦にはなりませんでした。ほんとに日能研に入ってよかったと思います!!
傾向が違うといっても、過去問でも算数の点数がひどく、合格する望みは全くというほどありませんでした。本当はこの時点で、危機感を持っていたほうが良かったんだろうな~と受験が終わった今は思います。過去問の算数最低点をお伝えしますと、、、2019年の8点なんですね。このときは2問しかあっておらず、こんな点数になったんですが。ずっと算数には苦しみました。最後の日能研全国公開模試の算数偏差値は55。でも、受験生という意識も、入試が始まるという実感も全くありませんでした。後期の唯一の合格の望みといえば、女子学院中トライアルテストで総合24位に入れたことです。Mクラスが25人ほどだったので一応Mクラスレベルに入れたということを示しています。まあ、それで勢いに乗ることはできなかったのですが。悲しい・・・
飛びまして、1月。栄東中学校の1.2入試、淑徳与野中学校はテスト感覚で受けに行ってしまったのを今はとても後悔しています。これを見た人はほんとに気をつけてください。予想外の不合格とか経験することになってもおかしくないので。それでも、合格はしたので、全落ちの可能性はなくなり、ひと安心。しかし、浦和明の星女子中学校は過去問を3年ぐらいやり、正月特訓も受けたにも関わらず、不合格。受験の厳しさをここで感じました。でも、女子学院には行きたい。その一心でひたすら女子学院中の対策、過去問をやったり、女子学院中の頻出分野で苦手な部分をやり込んだりしていました。壮行会では緊張をほぐす方法などを顔見知りの先生からおしえていただいたことで、リラックスして試験に臨むことができました。
2月。1日にAM 鴎友学園女子中学校。PMに恵泉女学園中学校を受験。鴎友学園女子は1回.2回それぞれ5年分以上やり込んだので(絶対合格したかったため)かなりの手応えを得て試験終了。恵泉女学園と駅が一緒だったので、経堂駅のカラオケで、持ち込んだお昼ご飯を食べました。恵泉女学園は国語の手応え、特に記述がよくわからず、もしかしたら落ちるかも、、、と思いましたが、算数で絶対挽回する!!と思い、算数を受けてました。算数はかなりの自信があり、合計だったら受かってるよな~と思いつつ、帰宅。翌日に備えて9時位には寝ました。31日の夜は全然寝れなかったのですが、この日は疲れでよく眠れました。
2日。本命の女子学院の入試。怒涛のように時間が過ぎていき、もうここには来れないのかなと面接が終わって帰るときに思いましたが、精一杯やれ、とても楽しめたので、落ちてもしょうがないと思っていました。その後鴎友学園女子の合否発表。合格の文字と桜の花びらが見えました。これで、受験終了が決まりました。翌日の3日。女子学院の合格発表。灰色の画面が見え、落ちたのかと思いました。しかし、精一杯やれたので、悔いはありませんでした。その日の午後におばあちゃんの家に帰省し、ゆっくり過ごしていました。しかし、4日、03からの着信がお母さんの携帯に、、、女子学院からの繰り上げ合格の連絡でした。最後まで努力してきたのが、実を結んだのかな。そんな事も考えました。
4月から、私は女子学院生だ。
受験結果
1月10日 栄東1入試 ◯
11日 2入試 ◯
13日 淑徳与野 ◯
14日 浦和明の星 ×
2月1日
AM 鴎友学園女子 ◯
PM 恵泉女学園 ◯
2日 女子学院 ◯
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- 今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。