私は小学4年生から日能研に通い始めました。入り始めた頃から第一志望校は決まっていて豊島岡女子学園中学校でした。あの頃から今まで豊島岡に憧れ続けながら勉強を頑張ってきました。豊島岡のR4偏差値に届くことはあまりなく、偏差値60から65くらいが平均偏差値でした。ですが、志望校を変えようと思ったことは一度もありませんでした。結果的に9月の日能研全国公開模試では最低偏差値54を記録したものの、12月の日能研全国公開模試では何とか偏差値66までに立て直すことができました。
そして始まった1月受験。初戦は1月10、11日と栄東中学校の東大、難関大を受けました。私の偏差値では80%だったので肩慣らしだろうと思っていました。ですがさすがに初日ということで本番はとても緊張しました。やはり場慣れというのは大事なのだと実感した受験でした。10日も11日も手応えはあまりなく、倍率も低いし大丈夫だろうと思っていましたが、結果はどちらも不合格。難関大に関しては一点差でしたが、80%偏差値だったので悔しがることもなく、初戦だったからと自分に言い聞かせました。
13日は淑徳与野中学校。ここで合格しなければ全落ちするぐらいの覚悟で挑みました。結果は合格。初めての合格にとても感動しました。合格点を余裕で超え、やっと私が戻ってきたと、感じました。
14日の浦和明の星女子中学校は栄東の件もあって、受かったら御の字くらいに考えていました。みんな国語ができなかったと言っていましたが、私は自信がありました。16日にリベンジで栄東を受けた帰りに合格発表を見ました。結果は合格。ちなみに、リベンジで受けた栄東も難関大、東大クラスと共に合格でした。結果的に見れば上手く行ったとも言える1月受験でしたが、不合格を経験していたので、2月受験までサボることはありませんでした。1月受験から2月までの2週間、自分でも手応えがあるぐらいに伸びたと思います。特に算数。なので、1月受験でどんな結果になっても勉強することはとても大切です。
そして迎えた2月受験。浦和明の星の合格をもらったことで、埼玉校でも通える距離に家があったため二月に全落ちしたら浦和明の星に行こうと考えました。そのため、滑り止めはいっさいうけず、午後受験もしませんでした。2月1日は第二志望の吉祥女子中学校を受けました。過去問の難度は低く、特に算数に自信がありました。ですが、苦手な社会、理科が配点70点と高いということが不安材料でした。結果は不合格。呆然としました。とても悔しかったですが、発表時刻が21時と遅かったため、明日の豊島岡に備えて早く寝ることにしました。社会、理科の配点が70点と高かったからだと言い聞かせました。
2月2日、豊島岡の一回目。今年はサンデーチャンスの影響もあってこの一回目が私にとっては一番入りやすい回でした。校舎に入って憧れの豊島岡生や綺麗で充実した設備を見て、私は改めて豊島岡に入りたいと強く思いました。手応えはまあまあ。社会と理科が全然できなかった気がしました。そして、合格発表の19時。自分の番号は見つかりませんでした。しかし、繰り上げ合格候補者の欄に自分の番号がありました。その時は繰り上げ合格候補者が何がすごいのかよく分かりませんでしたが、両親は祝福してくれました。対する私はおそらく一点差で落ちたのだと思い、悔しくてたまりませんでした。
それから繰り上げ合格のことについて調べていくと三回全てを受験、そして第一志望の人が繰り上げに有利になると知りました。私は少しずつ希望が湧いてきて、落ちたよりはマシというふうに考えるようになりました。二回目と三回目で正規合格をもらえば良いのだからと思いました。しかし、手応えはあったにも関わらず、二回目と三回目はどちらも不合格でした。会心の出来と言って良いほどできたのですが、上には上がいたと両親には言われました。繰り上げ合格者は2月5日の12時から欠員が生じると判断した場合に電話で連絡するとのことだったので、私は2月の勝者を読みながら、その時を待ち続けました。そして、12時25分。仕事をしている父から電話が。繰り上げ合格でした。喜びました。憧れの豊島岡生になる目標が叶った瞬間でした。一回二回三回と不合格を経験した私にとってはとても嬉しい出来事でした。
第一志望の中学に入れるのは中学受験生の3割とよく言われますが、その3割に入るためには努力してください!ミラクルなんてそうそう起きません。たとえどんな形になっても悔いなく中学受験を終えられるように大変な勉強も最後まで努力してください!
後輩の皆さん、豊島岡で待ってます!
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- 今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。