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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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私の受験記

  • 年度:2026
  • 性別:女子
  • 執筆者:本人
私は4年生の後期から2科目で日能研に入りました。その当時算数の偏差値は45と壊滅的。けれど国語はできていたため5年生はずっとM1でした。5年生から社会理科も始め、宿題に追われる毎日。肝心な算数は計算と一行題をやっていなかったため偏差値は50付近で停滞。なぜか後期になると急に成績が上がり始めました。(これだけはなぜだか本当にわからないです)

6年前期
クラスで最前列を維持しM1からM2へ。しかしM2に行くと席はいつも後ろの方だったので春期講習をM2で過ごしたのちすぐまたM1に戻りました。
前期の偏差値は大体60前後でした。

6年後期(冬期講習前)
過去問も始まり、志望校合格に向けて具体的に動き出す時期。しかし私は過去問の重要な振り返りが面倒くさかったので全然やっていませんでした。
外部会場で受ける公開模試でしたが、偏差値は60を超えることが多くなり、65を2回叩き出しました。

6年後期(冬期講習後)
あと1ヶ月を切り、やっと少しではあるが焦りが出てきました。冬期講習前よりも過去問を解く頻度が上がりました。1月受験は一勝一敗。負けないはちまきに仲良い子たちとお互いに応援メッセージを書きました。学校を休んでいた時はたくさん過去問をやりました。1月30日に行われた壮行会では様々な先生方や卒業生の方々、バイトの方に激励され、「頑張ろう」と思えました。受験前日はなかなか寝付けませんでしたが、寝る前に母と少し話をして若干落ち着きました。

受験当日(2月1日)
午前は第一志望。第一志望は日能研全国公開模試の結果では「合格」ラインだったものの、過去問をやっているとなかなか合格点が取れず、心配な部分もありました。
しかし、「ZOOM入試応援」で先生から励ましてもらい、先生がおっしゃっていた「いつも通りに」を心がけ、試験に臨みます。国語と社会は過去問よりできましたが、算数と理科はまずまず、という印象でした。

午後は第二志望。しかし、試験科目は私の苦手な算数1科目。6年後期の偏差値を見るといけそうなので受けたらどうですか、と塾の先生に勧められて、結局受けることになりました。過去問では合格点はギリギリ超えていることが多かったです。できる限り計算ミス・ケアレスミスをしないように心がけて試験をうけました。手応えはまたまずまず。
家に帰って夕飯を食べている時も合否が気になって仕方がなかったです。でも、両親が「どうだった?」などあまり聞かないでおいてくれたのでその点でとても「いい家族だな」と思いました。

午前の第一志望の合格発表時刻は9時私はiPadを持って自分の部屋にこもって一人で合否を見るまで自分の好きなグループの曲を聞いていました。そのうちに心が落ち着いてきました。曲を止めて合格発表を見ようと思ったその時、母のいるリビングから声が。母が走って私の部屋まできて画面を見せてきました。そこにはピンクの画面に「合格おめでとうございます。」の文字が。「えっ」と思い私のiPadでも確認してみると同じくピンクの画面に「合格おめでとうございます。」の文字。母と二人で抱き合い、人生で初めて嬉し泣きをしました。その後母が第一志望校の入学手続きと入金を済ませてくれました。そうこうしているうちに午後に受けた第二志望校の結果発表のある10時になり、第二志望校の結果を見てみるとそこにはまたピンクの画面に「『合格』です。おめでとうございます。」の文字。これで、私の受験は終了しました。1月2月で最終的には三勝一敗。

最後に
塾の先生方に言われて「確かに」と思ったことなのですが、受験は満点を取るためのものではなく、受験生を選抜するためのものです。取れるところを確実に取ることが大事だと思います。受験が終わったら楽しいことがたくさん待っています!がんばれ中学受験生!
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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