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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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娘と父の受験日記

  • 年度:2015
  • 性別:女子
  • 執筆者:
娘は、4年生から日能研にお世話になりました。
入塾時はAクラスでしたが、5年生の後半にMクラスに上がりました。
偏差値も60くらいまで順調に上がり、家でも宿題中心ですが勉強もやっているようでした。
そんな風に、なんとなくですが、このまま順調に受験までいくのかなと思っていたところ、6年に入り、不意に「Aクラスに落ちた」と娘が言ってきました。
これはどうしたことかと、娘の勉強の状況を細かく確認したところ、すでに授業にはついていけておらず、「計算と漢字」も家で全くやっていない状況であることがわかりました。
正直、愕然としました。


教訓(1) うまくいっているようでも、子供の勉強の状況はよく見ておく必要があります。子供は自分の状況を客観的には把握していませんので。

そこから、親も積極的に関与しての受験勉強が始まりました。
娘の勉強を見ていくと、娘の通っていた日能研の教室は小規模でしたのでM・A2・A1の3クラス編成であり、成績がかなり良い子が集まっているMクラスのレベルが高すぎて、授業についていくのは難しかったということがわかりました。
娘が進学を希望していた学校は、偏差値こそ60以上でしたが、試験問題は癖がなくオーソドックスで、基本をしっかりやることが大切だということはわかっていましたので、焦らず、A2クラスの授業内容を完ぺきに理解するように努めました。
また、この頃は、娘はクラスの友人の話から、偏差値の上がり下がりに一喜一憂したり、志望校判定に心が揺れ動いたりして、志望校をいろいろ変える話をしたがる時期でしたが、娘には初志貫徹で志望校はころころ変えずに、落ち着いて勉強に取り組むように話をしました。
娘もそのつもりで周りに振り回されて目先を変えるようなこともなく、落ち着いて勉強に取り組んでくれました。
Nフレンズなどにも積極的に参加し、第一志望・第二志望への気持ちをしっかり固めていきました。

教訓(2) 偏差値の多少の上がり下がりで、第一志望校を変えないことが重要です。そして第一志望校の試験問題の傾向は早い時期から把握し、それにあった勉強をしていくことも必要と思います。(そのためには、4・5年次から説明会や学園祭に足を運び、5年生までに志望校をある程度、親子で想定しておく必要があると思います)

娘の勉強を見ていると、不得意な分野に傾向があることがわかってきました。
娘の場合は、帰国子女でしたので、国語の単語・熟語・慣用句などが苦手で、それが原因で国語の知識問題が取れず、まだ難しい長文の文章にもついていけていない実態があることがわかりました。
そこで、苦手分野をつぶす目的で、夏からユリウスを始めました。
ポイントが絞れているなら、日能研とユリウスの併用は効果的だと思いました。
またユリウスで出会った先生が、自分と同じ志望の学校を中学受験したことがわかり、その先生に精神的に影響を受けた部分もあったように思いました。

教訓(3) 苦手分野を把握し、そこを集中して対策することが、成績が伸び悩んでいるときには有効です。

しかしながら、偏差値自体は夏まで下降を続け、55を割る水準にまで下がるようになってしまいました。
この頃は、娘も私も、勉強していてつらく必死でした。
第一志望どころか、第二志望も危うい状況になり、私も娘もかなり気合が入ってきました。
夏休み明けから、親子で朝5時半に起きて、1時間ほど「朝勉」を始めました。
これは、体力的にはつらかったですが、効果があったように思います。
特に計算は、毎日休まずやることで、慣れが力になってきているようでした。
この間、親子でぶつかることも何度かありましたが、双方とも目的のためには諦めずに前向きに努力できたのが、良い方向に繋がったと思います。

教訓(4) 朝勉も習慣化すると、有効です。

秋になると、偏差値が回復傾向になってきました。
日能研の毎週のテストでもA2クラスの順位表では1~3位に入るようになってきて、常に最前列を確保できるようになりました。
また日特は、第一志望校の志望校別日特は設定されていなかったので難関校クラスに行きましたが、そこでもAクラスで一番上のクラス(A6)の最前列を確保できるようになりました。
日特は他教室の生徒さんとも合同ですから、その中でよい席を確保できたことは娘の自信になったようでした。
そして、努力の成果が、少しずつですが、形になってきました。
これまでは、「算数がよいときは国語がダメ」とか成績にむらがありましたが、このころからテストでも大崩れがなくなり、偏差値は安定してくるようになりました。
また、メモリーチェックなどで理社をしっかりやっていったことで、理社が得点源になってきました。

教訓(5) 秋のメモリーチェックは偏差値に利きます。他の人より早いペースでメモリーチェックをこなしていくことで、点数に繋がりますし、本人の自信にもつながります。

冬休み前後は、過去問をしっかりやりました。
第一・第二志望は5年分×2回分くらい、その他は数回分はやりました。
家庭でもやりましたが、ユリウスの過去問講座も利用しました。
ユリウスは、時間をきっちり切ってやれるのと、終わったらすぐ解説をしてもらえるので、有効だったと思います。
この頃になると、家族全員、娘の受験への応援体制一色になりました。
冬休みは、私も娘の塾弁を作りました。
それとインフルエンザ・風邪対策を徹底的にやりました。
そんな周りの期待に応えて、娘の偏差値も冬の数回のテストでは58~59まで安定して上がってきました。

教訓(6) やはり過去問は重要。ユリウス過去問講座も活用して取り組むべし。冬休みからは、家族全員臨戦態勢で、受験生をバックアップすること。

1月受験が始まりました。
娘は、いくつか受けたうちの「受かると思っていた学校」は受かりましたが、第一志望だけは落としてしまいました。
しかし、行ってもよいと思っていた第二志望を確保したことで、気持ちには余裕ができたようで、偏差値62の学校にも合格をいただきました。
この学校は共学校であったため、女子校志望の娘には進学の意思はなかったのですが、この合格は自信につながったようです。

教訓(7) 行ってもよいと思える学校から早めに合格をいただくことは、結構重要と思いました。また、進学意思がなくても、合格すれば自信につながるのだということもわかりました。

2月受験に向けて、娘と話し合いました。
1月受験にて、地元埼玉で第二志望の「行っても良い学校」の合格が取れているので、東京受験は少し高めのチャレンジをすること、そして本命は1月で合格を逃した第一志望の埼玉校の二次試験とすることを決めました。
2月受験に向けては、過去問を中心に準備しました。
そして始まった2月試験ですが、1~3日まで全て不合格でした。
これは、出願校選定の経緯からある意味予想していた結果なのですが、娘はショックを受けたようで涙を流しているときもありました。(普段は明るい娘ですので、親としても正直、娘のそういう面を初めて見て、驚きました)

教訓(8) 行ってもよい学校を確保しているとはいえ、3連続で不合格は、12歳の子供には耐えられない経験のよう。進学するしないにかかわらず、不合格が連続しすぎないような出願検討はやはり必要。特に女の子はそういう傾向があるように思われます。

娘は、冬休み明けから2月初めまでも、特に試験と重なることがなければ、学校にも日能研・ユリウスにも行っていました。
やはり同じ境遇の友達と話をすると、お互いに励ましあったりして、気分が晴れる部分があるようで、家で勉強させるよりよかったと思いました。
また、入試当日の校門前での「日能研の先生たちの応援」「Nバックの群れ」は、本当に心強かったようです。
合否結果が出た後の、日能研への電話も、結果の如何にかかわらず、娘にとっては非常に大切な電話であったようです。

教訓(9) 精神的に追い込まれないようにするためにも、学校や日能研には可能な限り行った方がよいと思います。特に日能研は、娘が中学受験をする上での精神的支柱であったようで、きちんと通わせることが重要だと思います。

娘の二回目の第一志望の試験は2月4日でした。
翌日、結果を見に行きましたが、残念ながら、娘の受験番号はありませんでした。
娘は繰り返し、繰り返し、掲示を見て、電車の中では泣きました。
家では、「すべて終わってお疲れさま」ということで、第二志望入学に向けて気持ちを切り替えるよう、家族は話をしていました。
娘は第二志望の学校が気に入らないわけではないのですが、第一志望の第二回目の試験はそこそこできた感触があったようで、小学校の先生に受験の最終結果を報告する席でも
「第一志望校の繰り上げがあるかもしれない」とまだ諦められない様子でした。
発表から数日がたった土曜日の朝、家族でくつろいでいると、一本の電話が入りました。
第一志望校の教頭先生からの繰り上げ合格の連絡でした。
娘も私も躍り上がって喜びました。

そのまま、すぐ学校に行って入学手続きを済ませ、その日に設定されていた制服採寸会にそのまま合流しました。
少し遅れてしまいましたが、春からの同級生に交じって、憧れの制服に身を包まれた娘を遠くから見て、感無量の思いでした。
第二志望の学校にはその足で、入学辞退の連絡を入れました。快く、ご対応をいただきました。
またその日のうちに、日能研・ユリウスにも合格酒を持って報告に行きました。
合格酒の熨斗に憧れの第一志望の学校名を書けたことを、日能研・ユリウスの先生たちに感謝しました。

教訓(10) 思いが通じて、繰り上げになることもありますので、受験票はまだ捨てないように。

今は3月ですが、受験が終わり、家族はリラックスした生活を送っています。
娘はせっかく滑り込んだ第一志望の中学校で勉強に遅れないよう、数学と英語の勉強を少しずつ始めています。
また、日能研で一緒に受験を戦った友人たちは、大切な戦友のようで、頻繁に連絡を取って、週末にはお互いの家を訪問し遊んでいるようです。

教訓(11) 日能研では、中学受験という人生初のシビアな経験を通じて、かけがえのない友達が得られたようです。

以上が、娘と父親の1年間の中学受験の記録です。
この1年間の娘との苦楽を共にした密着した時間は、恐らくもうこの先に同じような時間は持てないだろうと思うほど、濃密で貴重な時間でした。
今、思い出しても、私の人生の宝物です。

来年は皆様のご家庭にも、素敵な思い出と未来への夢がいっぱいの温かい春が訪れますように・・・。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。

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