伝説の学校

  • Vol. 744 : 2012/04/09

札幌農学校(現北海道大農学部)の第二期生である新渡戸稲造は、
卒業後、東大、アメリカのジョン・ホプキンス大学やドイツのボン大学への留学を経て、1891年に母校の教授として札幌に戻りました。

そして2年後、萬里子夫人(メリー・P・エルキントン)のアメリカの実家から1000ドルの遺産が届きました。この1000ドルを資金にして開校されたのが、遠友夜学校です。

校名はお察しの通り
論語「朋(友)あり、遠方より来る。また楽しからずや」にちなんでいます。

遠友夜学校が明治1894年開校から1944年閉校まで50年にわたって、
家庭の事情などで学校に行けない子どもたち、男女の区別なく無料で開かれていました。
新渡戸稲造の崇高な精神に共鳴し、
無給で先生をかってでた友人や温かな援助をおしまなかった市民など
たくさんの人に支えられ、
札幌のボランティアの原点でもありました。

現在、札幌市資料館(大通公園の西端にあります)のなかに遠友夜学校記念室があり、
新渡戸稲造と遠友夜学校に関する写真・文書などたくさんの資料が展示されています。

私学のさきがけ、もっと注目してほしいです。

教室スタッフ/K.I

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