シカクいアタマをマルくする。~未来へのチカラ~

中学入試問題は、子どもたちの“未来へ学び進むチカラ”を試しています。
そこには「こんなチカラを持った子どもを育てたい」という各中学のメッセージが込められています。
この「シカクいアタマをマルくする。」中学入試問題の新シリーズでは、そんな子どもたちの“未来へのチカラ”を問う入試問題から、その出題意図(アドミッション・ポリシー)と、子どもたちへのメッセージを探っていきたいと思います!

出題校にインタビュー!

成蹊中学校

2025年02月掲載

成蹊中学校の理科におけるアドミッション・ポリシーを聞いてみました。

1.現代社会の課題を浮き彫りにした絶妙な問題

インタビュー1/3

まずはこの質問の出題意図を教えてください。

佐藤先生 本校にはトキの剥製が置かれているのですが、それで何か問題が作れないかと以前から考えていました。そんな中、私が佐渡に何度か足を運ぶ機会があり、地元の方々のトキの保護に関しての情報をいろいろ聞いたり、佐渡トキ保護センターに行って話を聞いてみたりしたところ、トキとの共生がうまく進みながらもいくつかの問題点を抱えていることを知り、「これは面白い、問題になるな」と思ったのがきっかけです。

現在、クマをはじめとして人間と野生動物との関係性が問題になっていますが、トキ自体は外来種です。佐渡に生息しているトキは完全な日本由来のトキではなく、99%日本のトキと同じ遺伝子をもつ中国のトキです。生物の専門家からすると外来種であって、その外来種であるトキを導入して自然の中に定着させていくことに違和感はあるものの、そのことを問題にするのは小学生には少し難しいかなとは思いました。そこでレベルを下げて、地元の人たちとどういう関係性を保ちながらうまく導入していったのかという部分に視点を当てて作問を行いました。

実際に現地に行ってトキの写真を撮ったりもしたのですが、佐渡の方々のトキに対する愛着をすごく感じました。トキは、長い間自然と人との共生の中で築き上げられた生態系の中で生きてきました。しかし人との接点が近い環境で生きているからこそ、自動車と衝突してしまったり、可愛いからと餌をあげてしまったりなどの摩擦もあります。人とトキがうまく共生していくためには?という共生概念を深く考えてもらう問題です。

掲載しているグラフは「日本生態学会誌」という学会誌があり、3年位前にあるトキの研究者が論文を発表し、そこに掲載されていたデータです。トキが慣れで人間社会に近づいてしまう理由はどうしてなのか?といったこと、またどういう形でトキと距離感を保っていくかといった内容の論文でしたが、これを使って小学生の視点で見た場合、どうしたら絶滅危機にある生き物と一緒に生きていけるのだろうか?そこを考えることはすごく大事なことではないかということで作問に至りました。

日本のトキって、かなり昔に絶滅しませんでしたか?

佐藤先生 日本由来のトキとしてはキンとミドリというトキがいました。亡くなるまで日本のトキが絶滅しないようにいろいろと対策を施していました。最後は保護している施設の中にテンが入ってきて悪さをしたり、様々な要因により日本のトキはいなくなってしまいました。生き物を保護する際に、種を全部保護してしまえば大丈夫だろうという考えは難しい部分もあります。

また、昨今問題となった事例として小笠原の母島に生息するオガサワラシジミという蝶がいます。この蝶は保護のために全部捕獲し、養殖を試みようと東京都が多摩動物公園と連携して取り組んだのですがうまくいかず、結果として絶滅してしまったと考えられています。

保護対策としてそれが適切かどうかはさておき、日本のトキはレッドリストでは野生絶滅です。導入して実際にはうまくいったため絶滅にはなっていないということで、導入部分での絶滅リストからは外れています。

日本のトキと中国のトキは遺伝子的に同じなのですか?

佐藤先生 調べてみると佐渡に生息していたトキは、遺伝子的に中国のトキと99%一緒です。しかし、その1%の違いをどう見るか、塩基の配列が若干違うのを外来種とみなすのかみなさないのかです。私自身は外来種とみなしてよいと思っているのですが、地元の人にそれを言うとみんな「同じでしょう」という考えで、「中国のトキと同じでうまく導入されてよかったね」「生活圏の中にトキが舞い戻ってきていい雰囲気の中でできているよね」といったイメージを持たれています。

しかし本当は違うんだよ、というのを問題にしたかったのですが、そこまで考えさせることができなかったのが正直なところです。でも佐渡の方々のトキに対する温かい見守りがあるので、題材にしてもいいのかなと思いました。

今の子どもたちはみんなトキといえば日本の佐渡にいると思っているのでしょうね。

佐藤先生 そうですね。トキは新幹線の名前やイメージキャラクターにもなっていますので、地元の人と同じ親しみやすさを持ってくれているかもしれません。

生物科/佐藤 尚衛先生

生物科/佐藤 尚衛先生

この問題をきっかけに他の動物との共生を考えてほしい

この出題をきっかけにしてトキ以外の動物についても考えてみるなど、子どもたちの視点や考えが広がっていったのではないかと思うのですが、そのあたりも意図されて出題されたのでしょうか?

佐藤先生 日頃考えていることやニュースになったことについて、「何か引っかかる」ことが自分の頭の中にあって、それがわかったときに「楽しい」と思える瞬間は誰しもあると思います。本校ではそれを大事にしていて、その何かを引き出せるような問題だと楽しく解けるのではないかと思っています。本校の理科の問題は、入学してきた生徒が「解いていて楽しい」と言ってくれることがありますが、そういうのが嬉しく感じられます。入試問題を解いて面白いと思ってもらえたら最高ですね。

そういう中で、子どもの中のある部分に触れた瞬間が面白いなって思えるような問題、それをいかにうまく作れるかが大事だと考えます。考えて作っているわけではないのですが、とても大切にしている部分です。

実際の解答状況はいかがでしたか?

佐藤先生 受験生は結構きちんと書いていましたね。およそ半分ぐらいの受験生がが「うまい距離感を保つ」といったニュアンスの解答を書いていました。ニュースなどで見かけることの多いクマやシカなどの例から、なんとなくつながっていってわかっているのを感じました。

願わくば、「車を全部なくそう」とか「佐渡ではみんな自転車にしたらいいのでは?」といった突拍子もない面白い答えも多少期待はしていたのですが、残念ながらありませんでした。

問2は意外とできないと思っていたのですが、できていたということですね。

佐藤先生 そつなく答えてくる受験生が多かったです。やはり、トキ以外のクマやシカ、イノシシなどが町まで降りてきて農作物に被害を与えるといったニュースなどを知っているのかなと思いました。

田中先生 私は以前、シカやクマなどの研究者がいる長野県環境保全研究所に在籍し、ともに仕事をしていました。そのため、この問題に直面していました。そつなく答える受験生の解答をみて、本当にすごいなと思いました。

本校は中学2年生のときに長野県の志賀高原で校外学習を行っています。野生鳥獣被害を専門とする研究者の所に行き、第一線の方々がどういう視点でどういう取り組みをしているのかを見せて頂いた後に、自分達もそれを体験するといった学習も行っています。

特別天然記念物のアホウドリ、ニホンカワウソ、そしてトキ

特別天然記念物のアホウドリ、ニホンカワウソ、そしてトキ

生データを使って入試問題を作成

グラフでは2016年から18年が微増していますが、これには何か理由があるのですか?

佐藤先生 元はきちんとした綺麗な細かいデータなのですが、それを簡略化してイメージ化しているので、若干上がっている部分は入試前の打ち合わせの時にも「どうしてなのか?」と疑問に感じたこともありましたが、私も実際に行ってデータを取ったわけではないので実際はよくわからないです。

田中先生 研究者の立場からみると、綺麗なデータのほうが逆に変な感じがして、生のデータではないのでは?と疑ってしまいますね。

佐藤先生 田中先生は生データをすごく大事にされていて、作問は全て生データをベースにしています。本校で取ったデータを使って実際の入試に出題しているんです。

成蹊中学校の問題はいつも導入部分でその世界に入っていけるような感覚があります。おそらくそれは実際に測定されているデータだからだと思うのですが、子どもたちもある程度みんな同じテーブルに立った状態で問題に入っていけて、読み物としてもいつも楽しませていただいています。

佐藤先生 私自身も、トキの様子がどうなのかその実態を知りたい、と思って自転車で佐渡の島を1周しました。ですので、愛着を持てる問題になったのではないかと思います。大自然の中でトキが舞い戻ってきている姿を実際に見ると、昔の佐渡の雰囲気ってこうだったのかな?と感じることができます。

ですから、今の佐渡のトキが外来種であったとしても日本の原風景を再現していけるのはありなのかなと思います。実際の佐渡ではトキがかなり飛んでいますし、田んぼで餌を食べていたりするその横を車が通っていたりしているのを見かけます。個体数も400~500羽増えています。

正答率が5割ぐらいはできていたということですが、距離感のことが書いてあれば正解になったのでしょうか?

佐藤先生 距離感をイメージする答えであれば正解としました。具体的な方法でかつ視点が面白い、もしやれたらすごいかもしれないといった答えがあれば非常によかったですが、先ほど申し上げたようにありませんでした。

一応正解はこれだ、というのはあるけれど、思いもつかないような斬新なものがあれば素晴らしい答えだと認めていく感じですね。斬新な解答がないのは残念でしたね。
ちなみに、採点はお一人がやられるのですか?

佐藤先生 必ず他の先生とみんなで話し合いながら、「こんな答えが出てきたよ」「これはいいよね」っていう中で採点していくのが本校の形で、一人の先生が見るのではなくみんなで答案を見ていまして、そこは理科として大事にしているところです。

田中先生 ですから、理科の採点をしていると笑い声が起きるんです。隣で他の科目の先生たちが採点していると迷惑をかけていないかといつもヒヤヒヤしています。

佐藤先生 斬新な答えとしては、「電気自動車であれば接近した時に音がしない」といった答えを期待したのですが、そこまで踏み込めた解答がなかったので、もう少し生き物に寄り添って考えてみる姿勢が見えるとうれしかったです。今の子は人の立場に立って考えるのが少し苦手ですし、野生動物側に立った視点というのはなかなか持つ機会もなく、そこにどれだけ近づけられるかも答えとして欲しかった部分でしたが、それが少なかったのが残念ですね。

動物側にも慣れがあって、いきなり自動車の前に飛び出してきたりすることもあるので、我々がどうやってうまくそれと付き合っていくか、観察したりアプローチをかけていくかは大事な視点です。規制しすぎても野生動物を見ることができなくなるだけで、これは一人ひとりが考えていかないとできないことだと思います。

理科棟 生物実験室 多種多様な魚が泳ぐ水槽の数々

理科棟 生物実験室 多種多様な魚が泳ぐ水槽の数々

インタビュー1/3

成蹊中学校
成蹊中学校1906(明治39)年、学祖・中村春二により私塾「成蹊園」が本郷西片町に開塾。1924年に吉祥寺に移転し、翌年7年制の成蹊高等学校開校。戦後新制中学・高等学校となり、49(昭和24)年に大学を併設。同じ敷地内に小学校から大学までが並ぶ学園となる。
校名の由来、「桃李ものいはざれども下おのづから蹊(こみち)を成す」(『史記』)に基づいて「個性の尊重」「品性の陶冶」「勤労の実践」を教育理念としている。旧制・7年制高等学校の伝統と理念を継承する。家族的雰囲気のなか、個性重視、自由闊達な校風を保っているのも特色。
学園の正門から中・高門までのけやき並木が見事。広々とした校内に中学HR棟、高校HR棟、特別教室棟、理科館、造形館、2棟の体育館などが点在。けやきグラウンド(400mトラック・ラグビー場)、野球場、サッカー場、馬場などが大学と共用でき施設も十分。
成蹊には「主要教科」という言葉はない。芸術科目や実技教科も含め、長い目で見た発展可能性を重視したカリキュラムを組んでいる。学習状況は年5回の定期テスト、随時行われる小テスト、実験レポートなどの成績により評価される。高2から文系・理系への移行が始まり、英・数は3段階(高1英語は2段階)のグレード別授業。高3では進路別に19のコースに分かれ、多彩な選択授業で対応。高校の自由選択の演習では、仏・独・中国・朝鮮韓国語を設ける。成蹊大学へは約25%が推薦で進学するが、他大学進学希望者も増えており、東大、一橋大へ一定の合格者を出すほか、早慶上智大、東京理科大などにも多数の合格者を輩出。
静かに目を閉じ精神の集中をはかる「凝念」を行っており、テストや試合前など、自分から自然に行う生徒も多い。クラブ活動は盛んで、全国優勝を果たした男子硬式庭球部、女子硬式庭球部、東日本大会優勝のラグビー部、また文化部では都の吹奏楽コンクール金賞の吹奏楽部、自然科学部など35のクラブがある。