シカクいアタマをマルくする。~未来へのチカラ~

中学入試問題は、子どもたちの“未来へ学び進むチカラ”を試しています。
そこには「こんなチカラを持った子どもを育てたい」という各中学のメッセージが込められています。
この「シカクいアタマをマルくする。」中学入試問題の新シリーズでは、そんな子どもたちの“未来へのチカラ”を問う入試問題から、その出題意図(アドミッション・ポリシー)と、子どもたちへのメッセージを探っていきたいと思います!

今月の額面広告に掲載されている問題はこれだ!

鷗友学園女子中学校

2024年02月掲載

鷗友学園女子中学校【社会】

2023年 鷗友学園女子中学校入試問題より

次の文章を読み、問いに答えなさい。

(前略)グローバル化が進んだ現在の国際社会では、国境を越(こ)えた問題や地球規模(きぼ)の課題に対して、国家がその国境と国民を守るという伝統的な「国家の安全保障」の考え方のみでは対応できません。そこで、国家の安全保障を補(おぎな)い、強化する考え方として、人間一人ひとりに焦点(しょうてん)を当てる「人間の安全保障」が重要となります。(中略)
「人間の安全保障」という考え方では、恐怖(きょうふ)からの自由、欠乏(けつぼう)からの自由が重視(じゅうし)されます。(中略)
現在のさまざまな問題に対して、「人間の安全保障」の考え方を反映させてどのように対応すれば、人々が尊厳(そんげん)を持って生きることができるようになるのか、引き続き考えなければならないでしょう。

【資料】「人間の安全保障」の考え方

(問)下線部について。マラリアという感染症(かんせんしょう)があります。アジア、オセアニア、アフリカ、南アメリカの熱帯・亜熱帯地域(あねったいちいき)で流行しており、1年間に42万人以上がマラリアによって命を落としています。これまで、各国の政府や国際連合、非政府組織(NGO)などを中心に、人々をマラリアから「保護」するという観点から、感染者に薬を届(とど)けたり、人々へのワクチン接種を進めたりするなどの対策がとられてきました。
マラリアへの対策を考える上で重要となるのが、「人間の安全保障」の考え方です。
【資料】にある「人間の安全保障」の考え方に基(もと)づくと、マラリアへの対策としては、人々に薬を届けるなどの「保護」だけでは不十分だと言えます。「保護」に加えて、人々の「能力強化(エンパワーメント)」を行うことが必要です。
マラリアの問題に対して、薬を届けるなどの、人々の「保護」を行う対策だけではなぜ不十分なのかを説明しなさい。その上で、「保護」に加えて必要とされる、人々の「能力強化(エンパワーメント)」を実現するために、各国の政府や国連、NGOなどが、どのようなことを行うとよいか、具体例を挙(あ)げて説明しなさい。

中学入試問題は、子どもたちの“未来へ学び進むチカラ”を試しています。
そこには各中学の「こんなチカラを持った子どもを育てたい」というメッセージが込められています。
では、この鷗友学園女子中学校の社会の入試問題には、どういうメッセージが込められていたのか、解答・解説と、日能研がこの問題を選んだ理由を見てみましょう。(出題意図とインタビューの公開日については更新情報をご確認ください。)

解答と解説

日能研による解答と解説

解答例

薬やワクチンを人々に与える「保護」だけでは、人々はマラリアへの感染対策の方法が分からないままなので、一旦感染がおさまっても、再び感染が広がる可能性が高い。そこで、政府や国連、NGOなどは人々に定期的な検診の重要性を伝えるなどの教育を行うのがよい。 など

解説

薬を届けたり、ワクチン接種を進めたりすれば、一時的に感染拡大がおさまり、危機的な状況を脱することはできそうです。しかし、感染症はまたいつ流行するかわからず、その度に政府や国連、NGOが保護的な対策をとるのでは、いつまでも同じことのくり返しとなってしまいます。ここで考えられる能力強化(エンパワーメント)は、人々が自ら行動を変えることによって、感染症を予防できる社会、再び流行しても死者を最小限に抑えられる社会をつくっていく力を身につけることにあります。解答例では定期検診の重要性を伝えることを具体例としてあげていますが、ほかにもできることは複数ありそうです。マラリアは蚊が病原体を媒介する感染症であるという知識があったなら、答えは書きやすかったかもしれませんが、その知識がなくとも書けることはたくさんあります。あなたなら、具体例としてどのようなことをあげるでしょうか。

日能研がこの問題を選んだ理由

中学受験をめざす小学生が「安全保障」と聞いてまず思い浮かぶのは、日米安全保障条約や国際連合の安全保障理事会ではないでしょうか。ここでの安全保障は、おもに紛争・戦争など平和への脅威から国の独立や国民を守る、つまり国家の安全保障です。それに対して、「人間の安全保障」は比較的新しい概念で、多くの受験生が初めて出あう考え方だったはずです。

鷗友学園女子中学校のこの問題は、この新しい言葉や概念を知っているか、知らないかを問うているわけではありません。「人間の安全保障」とは何か?は、問題文から読み取れるようになっています。そして「人間の安全保障」では、人々の保護に加えて人々の能力強化(エンパワーメント)が重要であることを示した上で、マラリア問題について、従来の対策である「薬を届けたり、人々へのワクチン接種を進めたりする」という「保護」では不十分な理由を問うています。さらに、能力強化(エンパワーメント)のための具体策も考えさせています。必要な情報はすべて提供した上で、受験生自らがそれらの情報や自らの知識を使って考える力を試す問題だといえます。

初めて出あう考え方やことがらに対しても、情報を読み取り、課題を見出し、解決策を考えることは、この先の中高6年間はもちろん、大学生、社会人になってからも非常に重要です。今回は、熱帯・亜熱帯地域のマラリア対策が題材ですが、これが別の感染症の話であっても、貧困問題であっても、教育やジェンダーの問題であっても応用できる思考方法です。こうした出題からは、入学してからの社会科でも、自らが課題を設定し探求していく授業が展開されているのだろうということが想像できます。また、人間の安全保障では、一人ひとりがあらゆる恐怖や欠乏から自由になり、自分が自分の人生を選び、尊厳を持って生きることが大切にされます。このテーマで出題しているということは、鷗友学園女子中学校がまさに生徒一人ひとりの選択や尊厳を重視していることのあらわれでもあると感じました。

このような理由から、日能研ではこの問題を『シカクいアタマをマルくする。』シリーズに選ぶことにしました。