今月の額面広告に掲載されている問題はこれだ!
茗溪学園中学校
2023年07月掲載
2023年 茗溪学園中学校入試問題より
- 問題文のテキストを表示する
次の文章を読んで、あとの問に答えなさい。
(略)
「ーー土屋さん、土屋徹生さん。」
受付の看護師に呼ばれて、徹生は鞄(かばん)とジャケットを手に取り、立ち上がった。
診察室から出てきた老婆は、思いつめた面持ちの若い彼と擦(す)れ違うと、どこか疚(やま)しそうな素振(そぶ)りで、そそくさと脇を通り抜けていった。
「どうぞ、そちらに。」
中には院長だけがいて、四角い銀縁(ぎんぶち)眼鏡の奥から、徹生を注視していた。
一礼して椅子(いす)に腰掛(こしか)けると、院長は、「私が、寺田です。」と、診察らしくなく最初に名乗った。徹生は、仕事のクセで咄嗟(とっさ)に名刺(めいし)を取り出しかけたが、思い直して同じように名前だけを言った。
色白で、鼻っ柱が磨(みが)いたように光っている寺田の顔は、どことなく、ラベルの貼(は)られた、透明(とうめい)の薬瓶(くすりびん)を思わせた。丸い椅子が軋(きし)む音がした。
「電話でもお話ししましたが、確かに三年前に、私は“土屋徹生さん”という方の遺体の検視をしています。ビルからの転落死でした。」
「僕(ぼく)が、その土屋徹生なんです。間違いありません。」
徹生は、きっぱりと言い切った。寺田は、神経質そうな瞬(まばた)きをした。
(略)
(平野啓一郎(ひらのけいいちろう)『空白を満たしなさい』より)
(作問の都合上、本文を一部改変しました。)
(問)ーー線部「私が、寺田です。」とありますが、この「が」の使い方について、次の問に答えなさい。
Ⅰ 次のア〜エの中から、( )を「が」で補うのが最も良い文を一つ選び、記号で答えなさい。
- ア 彼が失敗しただけではなく、私( )失敗してしまった。
- イ 会社の成長とは裏腹に、私( )気持ちは暗かった。
- ウ 社長から紹介(しょうかい)がありましたように、私( )新人研修担当の中原です。
- エ 部長は私( )信用して、プロジェクトのリーダーに推薦(すいせん)した。
Ⅱ Ⅰを参考にしながら、この部分で「が」が使われている理由を説明した次の文のaに入るひらがな一字を答えなさい。また、bに入る内容を、自分で考えて答えなさい。
この部分では「が」ではなく、aを使った方が良いように見える。しかし、「電話でもお話ししましたが」とあることから、徹生と寺田はbので、ここでは「が」を使うべきだと言える。
中学入試問題は、子どもたちの“未来へ学び進むチカラ”を試しています。
そこには各中学の「こんなチカラを持った子どもを育てたい」というメッセージが込められています。
では、この茗溪学園中学校の国語の入試問題には、どういうメッセージが込められていたのか、解答・解説と、日能研がこの問題を選んだ理由を見てみましょう。(出題意図とインタビューの公開日については更新情報をご確認ください。)
解答と解説
日能研による解答と解説
解答例
Ⅰ ウ
Ⅱ a は
b 互いに知っているが初対面の関係な(ので)
解説
Ⅰでは、前後の言葉のつながりに注意して、ア~エの( )の中に「が」があてはまるものを選びます。すると、アの( )には、「彼が失敗しただけではなく」というつながりから、「も」があてはまることがわかります。また、イの( )には、「私( )気持ち」というつながりから、「の」があてはまることがわかります。そして、ウ( )には、「社長から紹介がありましたように」というつながりから、「が」があてはまることがわかり、エの( )には、「部長は私( )信用して」というつながりから、「を」があてはまることがわかります。
Ⅱでは、助詞の「が」と「は」の違いについて考えます。まず、aには、「この部分では『が』ではなく『a』を使った方が良いように見える」というつながりから、「が」以外にあてはまる「ひらがな一字」の言葉として、「は」を導き出します。そして、「Ⅰを参考にしながら」という設問文の条件に着目し、ウの「社長から紹介がありましたように」と、「次の文」の中の「電話でもお話ししましたが」という情報に共通することがらとして、「話し手と聞き手は、互いに知っているが初対面である」という共通点を見出します。したがって、bの中には、「(徹生と寺田は)互いに知っているが初対面の関係な(ので)」といった内容があてはまることがわかります。
- 日能研がこの問題を選んだ理由
日本語を母語として使っている人は、子どもだけではなく大人でも、「私は寺田です。」と「私が寺田です。」といった文の中の助詞「は」と「が」の区別を意識せずに行っています。意識せずに使い分けられているからこそ、いざ、その使い分けの基準を問われると、はたと困ってしまいます。文法が意識化されていないからです。
昨今日本における在留外国人は増えており、言葉の壁が問題になることがあります。日本語を母語として使っていない人も多く、以前より「わかりやすい日本語とは?」ということに意識を向ける機会が増えていると言えます。日本語の「は」と「が」の区別の問題は、こういった文脈の中で捉えることもできます。
今回取り上げた問題では、文章中に出てくる会話文に着目し、その中で使われている「が」という助詞に焦点をあてています。普段何気なく使っている言葉ですが、改めてスポットをあてることによって、言葉を分析的に捉える視点が養われます。また、そのプロセスを、Ⅰ→Ⅱという段階をおって捉えられるような工夫が本問にはなされています。
以上のような理由から、日能研ではこの問題を『シカクいアタマをマルくする。』シリーズに選ぶことにしました。