出題校にインタビュー!
芝浦工業大学柏中学校
2022年10月掲載
芝浦工業大学柏中学校の国語におけるアドミッション・ポリシーを聞いてみました。
2.建学の精神「創造性の開発と個性の発揮」が教育における指針
インタビュー2/3
自らの個性のあり方を自覚する機会を提供すべき
改めて貴校のアドミッションポリシーについてお話いただけますか。
市川先生 本校の建学の精神は「創造性の開発と個性の発揮」です。これは40年以上前に作られたものですが、現代においても色あせないどころか、これからよりいっそう重要度を増していく崇高な理念だと考えています。この理念の特徴的なところは、徳目的な価値を要求していないということです。「礼儀正しくあれ」「常に謙虚であれ」といったような道徳的指針をもとに生徒を管理するのではなく、個々の自由な創造性を育むための場を作ることに注力しています。変化の激しい現代社会にあって、変化に開かれた柔軟な個人として、社会に新たな価値を創造する人間になってほしいと思っています。
貴校のアドミッションポリシーは、どのような形で、国語の授業、国語の入試問題に反映されていますか。
市川先生 「創造」は無から有を生み出すというよりも、既知の物事の組み合わせによって生まれるものだと考えています。先に述べたように、漢字の出題にせよ、論述問題にせよ、既知の事柄を他の事象に結びつけながら思考することで、これまでにない何かを「創造」することにつながります。
「創造」というと何か芸術的で大それた概念のように思われがちですが、そもそも人間は一人ひとり他人とは異なる思考様式でもって世界を捉えています。その意味で、自らの個性のあり方を自覚する機会を提供することは非常に重要です。通常授業で文学研究に取り組ませたり、短歌や俳句を詠ませたりする時間をとっているのも、個々人のかけがえのない個性を育むことで、新しい価値を創造することに寄与してほしいとの思いからです。
芝浦工業大学柏中学校 図書室
自分の気づきや試行錯誤を他者に認めてもらうことも大切
6年間のカリキュラムや授業のなかで、特に重視していることを教えてください。
市川先生 単に知識を習得するための授業をするのではなく、生徒の知的好奇心を刺激するような授業づくりを心がけています。中学段階では、研修旅行に行った経験をWordで新聞記事にしてみたり、太宰治や夏目漱石などの作品の文学研究に取り組ませたりするなど、ICTを積極的に活用しながら生徒自身の気づきや思考を大切に育むようなカリキュラムを運用しています。唯一絶対の答えから逆算して正解にたどり着かせるような指導をしてしまっては、生徒の感性が行き場を失ってしまい、想像力が閉ざされてしまいます。かといって、論理的に思考しなくて良いというわけではありません。自分の気づきや試行錯誤を他者に認めてもらうためには、論理的思考力や表現力が不可欠です。生徒の個性を尊重すると同時に、個々の意見が客観的なものであるかどうかを気付かせるような授業展開を重視しています。
基本的には、中学も高校も教科書や副教材をベースに授業を行っています。中学段階からオリジナルの教材も少し取り入れています。以前はチョーク&トークの授業形式で、一つの文章を精読するという訓練をかなりしていましたが、時代は変わり、情報量が多く、情報のファクトチェックが求められる時代です。複数の情報を相対的に見る力が必要とされていますので、国語科でも教科書で扱った作品に関連する文章を読んでみる、あるいは逆の視点で述べている新聞記事を読んでみるなど、学んだものと関連性のあるものを設定する工夫しています。例えば高校で近代に関する評論を扱えば、近代国家の成り立ちや変遷、産業構造の変化などに触れたり、世界と日本の比較をしたりしています。
また、文章を「読む」だけでなく、「書く」「聞く」「話す」という技能を1つの時間にバランスよく入れるなど、飽きさせない学習というところも意識しているところです。
芝浦工業大学柏中学校 掲示物
中学入学後は順位にとらわれない学びを
入学時の生徒の力をどのように感じていますか。
市川先生 非常に感受性豊かで優れた生徒が多いという印象です。もちろん、理工系大学の併設校なので、理工系分野への進学を考えている生徒も多く、国語に苦手意識を持っていることもありますが、熱心に授業に取り組んでくれる生徒が多いと感じます。特に、最近は活発で他人と積極的にコミュニケーションをとる生徒が増えているように思います。
ただ、子どもたちは知らず知らずのうちに偏差値競争の中に放り込まれて、偏差値や点数により序列化される社会で生きているという面もあります。その中で自覚はなくとも、なんらかの傷を負った子はコンプレックスを抱えがちです。もちろん本校でも学力という抽象的なものを点数化して順位をつけていますが、順位という数字だけにとらわれずに、全員がフラットな状態で学ぶ喜びを味わえるように工夫していきたいものです。これは国語科に限らず、他の教科でも同様です。
幸い国語は柔軟な科目で、特に文学作品の読解については単一の答えがあるわけではありません。ですからなるべく答えを選ばせるということをせずに、文章を読んで自分の感性でとらえたことを自分で書く、あるいは自分の言葉で伝えることを大切にしています。
中学1年生、2年生では簡単な文学研究に取り組みます。授業で扱った文学作品を切り口に、関連のある作品を調べて、自分はどう考えたかをまとめていくというものです。正解にとらわれず、自分なりの解釈や答えをひねり出し、試行錯誤して他者が納得するような説明をする、その活動に刺激を受ける生徒もいます。
生徒の作品からどのようなことを感じますか。
市川先生 生徒が書いた小説や詩などを読むと、その研ぎ澄まされた感性や世界観に驚かされることがよくあります。また、個人的な経験になりますが、「『文学作品の読解に正解はないから、自分の感じたことや考えたことを大切にしようね』と言われて、とても気持ちが楽になって本を読むのが楽しくなった。今までは答えを探さなきゃと思って読むのが辛かった」というようなことを言われたことがあります。改めて、生徒の個性や創造性を大切にして教育活動に従事することの崇高さを感じさせられる経験でした。
芝浦工業大学柏中学校 グラウンド
目に見えない価値を追求することが国語の役割
中学1年生は、国語においても正しいか正しくないかにとらわれているのでしょうか?
市川先生 「この問題に対してあなたの考えを書きなさい」という問題に対して、手が止まる生徒はいます。質問すると「分かりません」と言うのです。「そこに書いてあるよ」と言っても、「いや、合っているかどうかわからないので…」と返してきます。もちろん全員ではありませんが。自分の考えを表明することをためらう生徒に対しては、アプローチは一つではないという観点から考えを言葉にすることを促して、尊重することを大事にして、授業を進めています。
手応えはありますか。
市川先生 半々ですね。そういう中でおもしろい感性を持っている子が可視化されて驚かされることもありますが、大筋は変わらず難しいと感じるところもあります。大学入試に向かっていく過程で、結局は画一的な答えを要求されることも多いからです。
ただ、科目で言うと、国語が一番、正解/不正解という「とらわれ」から自由になれる可能性を秘めていると思います。現実とは異なる世界の中に浸って想像力を育むような経験ができる国語としては、目に見えてわかりやすい価値だけを追い求めるのではなく、目に見えない価値も追求し、尊重しなければいけないと思っています。
インタビュー2/3