シカクいアタマをマルくする。~未来へのチカラ~

中学入試問題は、子どもたちの“未来へ学び進むチカラ”を試しています。
そこには「こんなチカラを持った子どもを育てたい」という各中学のメッセージが込められています。
この「シカクいアタマをマルくする。」中学入試問題の新シリーズでは、そんな子どもたちの“未来へのチカラ”を問う入試問題から、その出題意図(アドミッション・ポリシー)と、子どもたちへのメッセージを探っていきたいと思います!

出題校にインタビュー!

フェリス女学院中学校

2021年11月掲載

フェリス女学院中学校の理科におけるアドミッション・ポリシーを聞いてみました。

1.地層から過去に起きていたことを想像してみよう

インタビュー1/3

関東大震災を理科の視点で問いかけた

この問題(大問4-3)の出題意図から教えてください。

先生 「地層を見ると実際に起きたことがわかるよ」ということを伝えたくて出題しました。理科の問題として扱うために、この問題の前にボーリング調査の結果を示して問題を出しました。柱状図などから地層の順番や層状のことなどを聞いたり、このごろの中学入試ではあまり出されていませんが、断面図を書いてもらったりした後にこの問題を出しました。

地図があったのですね。

先生 1922年の、埋め立て前の地図の出典は旧日本陸軍陸地測量部ですが、1939年の、埋め立て後の地図の出典は同上測量部と横浜市です。横浜タイムトリップ・ガイドに載っていました。地図を作ったところが年代とともに違うということも今回の出題でわかりました。今はスマートフォン/GPSで地図を見ることが多いので、紙の地図、古い地図を見てほしいという意図もありました。

この問題で問うている場所は「山下公園」ですが、名称は出していませんね。

先生 入試問題なので地図上の文字はあえて消しました。「山下公園」とは書かず、「横浜」にとどめました。山下公園は人工的に埋め立てられた土地なので、ボーリングをするといろいろなものが出て来ます。1.8メートルから4.5メートルの所に明らかに人工物が入っています。大問4-2までの問題とつながってはいますが、この問題は全く違う視点で出題しました。

フェリス女学院中学校 図書館

フェリス女学院中学校 図書館

実際の調査結果をもとに推測する問題

地層の問題というと、かなり前の時代を問うことが多いですよね。そういう意味でも新鮮でした。

先生 2015年の入試で、現在はあまり知られていない箱根の芦ノ湖の「逆さ杉」を題材に出題しました。昔、火山の噴火、あるいは地震により山津波が起きて、流れてきた木が湖底に逆さに突き刺さったのですが、明治になるまでそのままの状態でした。今は取り払われて何も見えませんが、湖底では刺さった木を見ることができます。40年、50年前に神奈川県の温泉地学研究所の先生方が、その杉が刺さった時期を測定したデータがあります。それを活用して「1923年に発生した地震の月日はいつですか」という問題を出したのです。この時は、多くの受験生が「9月1日」と答えてくれました。背景を踏まえて知ってほしい、という意図がありました。

今回の問題も、年代がわからないと答えを導き出すことができないのではないか、という点は危惧しながらも、身近なところで実際に行われた調査によって明確になったことから推測できるのではないかと考えました。小学生にとって、示した2つの地図の年代の1922年と1939年は大昔ですが、赤レンガの破片や、熱で変形したガラス片が入っている、というところから気づいてほしいと願っていました。

身近なところにも学びがある

先生 なぜ、こうした問題を発想したかというと、行事で訪れた地で見聞きした情報がベースにあります。中1の遠足で「山手巡り」を行います。「山手巡り」といっても山手だけでなく関内にある開港資料館なども訪問します。本校ができた頃に横浜が開港し、どのように変わっていったかを調べることを目的としています。4年ほど前に開港資料館の学芸員さんが「1890年頃(埋め立て前)は潮干狩りができた」と教えてくださいました。桜木町にある横浜みなと博物館に行くと、2013年に実際にボーリング調査を行い、埋め立てをしたことがわかりました。

本校でも、1号館は関東大震災で倒壊しました。校舎の建て替えに伴い前年の1998年に、そこに植えられていたナンキンハゼという大木を移植できないか、という話になり、樹木医さんに来ていただき、根がどこまで伸びているのかを調べてもらいました。ボーリングしてもらうと、本校でも校舎のガレキが出てきました。こんなに身近なところでもそういうものが出るのです。

高1の「広島研修旅行」(2泊3日)では、交流のある学校の方から「原爆を投下された後、ガレキを全部外に出すことができなかったため、その上に土を盛って整地した。しばらくは人骨なども出てきた」という話を聞いていました。
私たちの身近なところにも、地層から実際に起きたことがわかる場所がたくさんあります。それを知ってほしいという思いから、こうした問題を発想しました。そして、具体的な調査結果が出ていたので、地層について聞くだけではなくて、調査結果を読み取って答えてもらう問題を作成しました。

フェリス女学院中学校 フィールドワーク

フェリス女学院中学校 フィールドワーク

小学生には「戦前」という感覚があまりないのかもしれない

先生 この問題は、理科の知識だけでなく、1945年が第二次世界大戦の終戦。1923年が関東大震災。そういう歴史の流れの中で捉えていないと答えることができません。誤答で多かったのは「横浜大空襲」です。太平洋戦争の時の話になっていたり、「東日本大震災」と書いていたりした受験生も見られました。6年前に「9月1日」という答えを求めた問題では、ほとんどの受験生が正答していました。ところが、今回の問題は理科と歴史をつなげて考えなければならず、それが12歳の子どもには難しかったようです。

歴史ある学校だからできること

先生 この問題を出題して、改めて今年入ってきた中1の歴史観を知ることができました。「横浜市の小学校では学習しているはずだから、あえてペリーが上陸した場所や、開港資料館まで行く「『山手巡り』は必要ないのでは?」という意見もありましたが、入学する生徒は横浜市の小学校出身者ばかりではありません。また、横浜市の小学校でも小さな地域のことは学んでいますが、この辺りのことまでは学んでおらず、やはり大事なことだと思っています。
開港資料館には、ここ2年コロナで行くことができていませんが、学院の資料館の方から話をしてもらうなどして補っています。キダー先生(初代校長)とカイパー先生(第3代校長)のお墓参りもこの日に行っています。

カイパー先生がお亡くなりになった場所は学内なのですか。

先生 はい。この場所です。講堂の前にそれを示すプレートがあります。2002年に竣工した新1号館の名前はカイパー記念講堂としています。

フェリス女学院中学校 家庭科でも実験

フェリス女学院中学校 家庭科でも実験

学内の資料館にも当時の生徒の手記が保存されている

先生 関東大震災の捉え方にはいろいろな観点があります。当時は天気予報もなく、震災当日、温帯低気圧になってはいましたが台風通過後、火事嵐(火災旋風)になりました。本校の資料館には関東大震災の時に在籍していた生徒の手記があります。
それを解読して、助かった人たちはどのようにして助かったのか、ということを明らかにすべきだと考えていましたが、その手記は毛筆(草書体)で書かれており、なかなか解読することは困難でした。学外のボランティアの方々のご尽力で活字化され2010年に本学院の書籍として刊行されました。

当時の様子として、どのようなことがわかっているのですか。

先生 9月1日は夏季休暇中で、学校は始まっていませんでした。全国各地の学生が在籍していましたが、幸い実家にいる人も多く、秋田にいた学生の手記には「東京のほうで大きな地震があった。情報が全然伝わってこないので秋田駅にずっといて、東京から来る人たちに様子を聞いて情報収集をした」というようなことが書かれています。当時どこで被災したか、もわかっているので、そういうものも、今後、教材にしていきたいと考えています。
本校はスペイン風邪(1918年)も体験していますが、1923年に関東大震災が起きて、そちらのほうが被害甚大だったので、スペイン風邪の記録はあまり残っていません。

インタビュー1/3

フェリス女学院中学校
フェリス女学院中学校フェリス女学院の教育理念“For Others”は、誰か特定の人によって提案されたものではなく、関東大震災後に、誰が言い出すともなくキャンパスに自ずとかもし出され、フェリス女学院のモットーとして自然に定着したものだということです。フェリス女学院では、“For Others”という聖書の教えのもと、「キリスト教信仰」・「学問の尊重」・「まことの自由の追求」を大切にしています。そして、生徒一人ひとりが、6年間の一貫教育を通して、しなやかな心を育み、つねに与えることができる、“For Others”の精神を持った者へと成長することをめざしています。校章には、盾に創設時の校名Ferris SeminaryのFとSの二文字がデザインされています。盾は外部の嵐から守る信仰の力を表し(「エフェソの信徒への手紙」6章16節)、白・黄・赤の三色は信仰、希望、愛(「コリントの信徒への手紙一」13章13節)を表しています。
外国人墓地や歴史的な建造物の多い異国情緒あふれる地域にある、落ち着いた雰囲気の学校です。創立者メアリー・E・ギターがこの地に開学して以来の歴史が、校舎を包む木々などから感じられます。2000年の創立130周年において新校舎建築となり、2014年には新体育館、2015年夏には新2号館が完成しました。中高の図書館には、図書・視聴覚資料・雑誌・新聞などの94,000点を超える資料があります。授業の課題制作や調べものや自習のほか、昼休みや放課後にも多くの生徒が利用しています。書庫は開架式で、図書を手に取って自由に選ぶことができます。
クラブ活動がたいへん盛んで、同好会、有志も合わせると約60近い団体が活動しています。中学生では、ほぼ100%の生徒がクラブに参加しています。ほとんどのクラブが中1から高2まで一緒になって活動し、同学年だけでなく、先輩・後輩という他学年との人間関係が築かれています。中3からは、クラブ以外でも、気のあった仲間同士で同好会や有志を結成して文化祭に参加するなどの活動もあります。