起立性調節障害を患っての受験
今回はあまり自分のことを話したがらない息子のたっての願いで、起立性調節障害を抱えながらも受験を諦めなかった長男の経験談について筆をとることにしました。
まず、結果から申しますと、2月1日に無事、第一志望合格し、2月1日に中学受験を終えることができました。
合格発表時、もちろん、合格そのものも嬉しかったのですが、何よりも、息子を試験の為に引きずり起こさなくてよくなったと、何重にもほっとしました。(まだ、起立性調節障害が治りきらない中での受験でした。)
息子が起立性調節障害だと気付いたのは、5年生の10月の終わり頃でした。
ちょうど、行きたい学校もみつかり、やる気が出始め、クラスが上がって喜んでいた矢先のことでした。
また、かなり重度の方で、5年生で発症後、徐々に小学校には通えなくなり、日能研にも通塾出来なくなり、いわば天王山とよばれている6年生の夏休みにいたっては、症状が劇的に悪化。1日でまともに、頭が働くのは数時間で、夏期講習はとても受けられる状態ではありませんでした。
病名が判明してからは、受験ストレスが悪化させる原因になっているのではないかと思い、本人に、無理に受験勉強しないで、今は身体を休めることを優先してはどうかと何回か促したのですが、受験をしたい気持ちは全く揺るぎませんでした。
子どもの症状を改善する為に、親が出来ることはあまりなく、でも、何か出来ることはないのかと色々と情報収集の毎日が続き。
結局はしっかり栄養と睡眠をとらせるという当たり前のことしかできないのだなと悟り。
もう、あとは、どこの受験生を抱えている家庭の親にも共通することだと思いますが、自分が倒れるわけにはいかないし、明るく元気にイキイキしている以外ないなと、常に明るく前向きを心がけていました。
それでも思うように体の動かないわが子を見ているのは辛く、不安になったりもしました。
ただ、教材の受け取りなどで日能研にお伺いすることがちょくちょくあった為、そのたびに、日能研の先生方に話し相手になって頂き、心にエネルギーチャージさせて頂き、落ちていきそうな気持ちを引き上げて頂きました。本当に感謝しています!!
正直、もし起立性調節障害にならなければ、もっとターゲットとできる学校の選択肢は多かったかもしれません。中学受験ありきで考えるとそうですが、起立性調節障害ありきで考えると、中学受験という道を症状が出る前に選択していたのは、本当に運が良かったと思いました。
なぜならば、小学校にまともに通えない中、日能研生であるということは、息子にとってのアイデンティティであり、また、社会とのつながりでもあり、行きたい学校に行くという夢は、病に前向きに立ち向かっていく大きなモチベーションとなっていました。
息子としては、もし、同じ病気になった子が今後現れた時、どんなに思うように勉強することができなくても、最後まで諦めなかった自分の様な子供がいたということを知ってもらうことで、少しでも心の支えになれればと思っているようです。
入学式まであと数日。まだ、本調子には戻りきっておらず、きちんと毎日起きて電車通学できるのか、若干の不安を抱えていますが、あの、中学受験を乗り越えた息子なら、もう、自分なりに考え乗り越えていってくれるだろうと信じて筆をおきたく思います。
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