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イベント

パネルディスカッションレポート

私立中高一貫校 帰国生OB&OGによるパネルディスカッション 第二部
帰国子女相談会 in 実践女子学園 (2011.7.24取材)

私立中高一貫校 帰国生OB&OGによるパネルディスカッション去る7月24日(日)開催の帰国子女相談会への多数のご参加、誠にありがとうございました。当日開催の「私立中高一貫校 帰国生OB&OGによるパネルディスカッション」の模様をレポートします。現在、大学に通う先輩の語る、海外生活、帰国してからの受験、中高生活、そして進路選択に、参加者は熱心に耳を傾けていました。

第一部、第二部に分けてお届けします。
第一部では、学習院白百合学園を卒業したお二人の話を紹介します。第二部に登場するのは、かえつ有明加藤学園暁秀渋谷教育学園渋谷ご出身の方々です。

第一部 > 第二部

第二部

『自己紹介』
司会▼ 司会
引き続きまして、第二部では3名の帰国生の皆さんをお迎えしております。では、客席の皆様から向かって右から順に自己紹介をお願いします。
MK▼ MK
加藤学園暁秀高等学校を卒業して、現在東京大学理科II類1年のMKと申します。東京大学は、1年生は全員教養学部ですので、今、私は教養学部で勉強しています。アメリカのカリフォルニア州に小学校4年から中学校2年の6月頃まで滞在していました。
YT▼ YT
上智大学に通っているYTです。今年の3月にかえつ有明高等学校を卒業しました。小学校5年生の秋から中学3年の夏までアメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいました。
SK▼ SK
ニュージャージー州のプリンストン大学で1年目を終えたSKです。渋谷教育学園渋谷中学高等学校で6年間を過ごしました。海外生活は、4歳から8歳までアメリカのニュージャージー州に、8歳から12歳までフランスのパリでアメリカンスクールに通っていました。
『苦労したこと』
▼ 司会
中学受験を経験されたのは、SK君だけですね。MKさん、YTさんは中学受験は経験していませんが、編入学・高校からの入学という形で中高一貫校に在籍し、今現在に至るということを伺っています。まずMKさんとYTさんは、海外に出られた時はそれぞれ小学4年生、5年生でしたが、その頃に苦労されたことは何ですか?
▼ MK
小学校ではまだ英語を習っていませんでしたので、海外に行くことが決まってから、英会話学校に通い始めたのですが、全然身に付かず、海外に行った時は、アルファベットの大文字しか書けなかったのです。小文字がなんだかもまったくわからず、単語を覚えるのも大変で、最初はとても苦労しました。
▼ YT
私は、小学校入学前のキンダーガーデンの時から東京のインターナショナルスクールに通っていましたので、言語ではまったく苦労しませんでした。学校にはすぐに馴染めて、生活にもすぐに慣れることができました。特に苦労したことはありませんでした。
▼ 司会
インターナショナルスクールに通っていたのは、何か理由があったのでしょうか?
▼ YT
親が決めたことでしたので、私には特に選択権はなかったです(笑)。
▼ 司会
SK君は、逆に戻ってきてからの苦労があったと思うのですが、いかがでしょうか?
▼ SK
僕は日本の小学校はほとんど経験していませんでしたので、中学入試に対応した国語の勉強で苦労しました。小学校5年生から受験準備を始めたのですが、家庭で漢字の勉強からやり直すといった受験勉強と、中1からの日本での学校生活も、順応するまでに時間がかかりました。
『帰国が決まって~帰国』
▼ 司会
帰国が決まった時期と、その時にどう思ったかを聞いてみましょう。
▼ YT
帰国が決まったのは、中3の春でした。大学まではずっとアメリカにいると思っていましたので、帰国が決まった時は衝撃が大きくて、帰りたくありませんでした。正直なところ、ずっとアメリカにいたいと思っていました。
▼ MK
私はもともと小4までは日本にいましたので、日本に帰りたいという気持ちがありました。帰国が決まったのは中2の春でしたが、「あぁやっと帰れるんだ」という感じでした。残念だったのは、中学校の学年の途中だったことで、中学校はアメリカで卒業したいと思いました。
▼ SK
自分も帰国が決まったのは、小学校6年生のはじめの頃だったと思います。その頃のことはほとんど忘れてしまっているのですが、それは中学校以降の経験が、それまでのものとまったく違いましたので、特にそう思うのかもしれません。唯一覚えているのは、日本の中学校はいじめがあるという先入観を持っていたことです。アメリカンスクールの中でも特別に活発な生徒ではなかったのですが、学校に行くのは好きでした。日本の中学校に入って、英語の時間にぼくが英語で話すと、冷ややかな目で見られるのではないかと心配したことを覚えています。
▼ 司会
「帰国生だから~」という理由で、中学でいじめにあう経験はありましたか?
▼ SK
いじめはありませんでした。自分も中3くらいになって、みんなに馴染めた時に、実はみんなも帰国生に近寄りがたかったんだなということがよくわかりました。
▼ 司会
日本と海外の学校生活の違いを感じたことはありますか?
▼ MK
日本の学校の方が規律が厳しいと思います。帰国していちばん驚いたのは、生徒がみんな制服を着ているということでした。もう、それだけですごく近寄り難くて、みんな同じ服装をしているから怖かったです。みんなで同じことをするのが「日本人の規律」で、それが海外での学校生活とのいちばん大きな違いではないかと思います。
▼ YT
私は中学3年の秋に帰国しましたので、中学の残りの半年は公立の中学校に通っていましたが、そこでのカルチャーショックが大きかったです。授業中に寝ていたり、宿題をやらない生徒がいることに驚きました。アメリカでは宿題をやるのも授業を聞くのも当たり前でしたが、日本人の意外に不真面目な面を目の当たりにして、いちばん驚きました。
『学校生活』
▼ 司会
英語力をKeepするために何かやっていましたか?
▼ SK
英語力のKeepについては、自分は学校(渋谷教育学園渋谷中高)の帰国英語の授業と宿題で手一杯でした。中1~2年の頃は、毎日1日45分は英語に触れなさいと言われていまして、それはテレビを見ることでも良いし、友だちと話すのでも良いけれど、毎日きちんと記録を残すように指導されていました。はじめて自分で授業以外の英語の本を読むようになったのは、高校生になってからだったと思います。
▼ YT
私も学校の授業だけで、英語力をKeepしていました。他には特に何もやっていませんでした。
▼ MK
加藤学園暁秀では、中学の授業は6割くらいが英語で、高校に入ると国語と体育以外は全部英語で授業をやっていました。物理や数学もすべて英語でしたので、授業を受けているだけで英語力はKeepできていたと思います。
▼ 司会
加藤学園暁秀中学・高等学校は、IBというプログラムを実践していますが、どんな学校なのか紹介して下さい。
▼ MK
IBというのはインターナショナル・バカロレアのことで、スイスのジュネーブに本部を置く国際バカロレア機構が提供する国際的な教育プログラムです。加藤学園暁秀のバイリンガルコースでは、IBディプロマという資格を取得するために勉強しています。その資格を取ると、海外の大学に進学するのに有利になったり、国内でもAO入試などでそれを利用することができます。高校の授業は国語と体育以外は全部英語で行い、授業内容もユニークです。例えば、世界史は年代や出来事を覚えるのではなく、なぜ第一次世界大戦は起こったのかということを分析したり、国語の授業でも教科書を使うのではなく、カフカとかカミュなどの本を1冊読んで、それを分析していました。高校というよりは、むしろ少し大学に近いような内容をやっていました。普通の高校では、なかなかできないような体験ができる学校です。
▼ 司会
加藤学園を卒業されましたので、海外の大学にも進学できる卒業資格と、日本の高等学校の卒業資格の2つの卒業証を取得したということですね?
▼ MK
はい。
▼ 司会
かえつ有明高等学校にもIBプログラムをベースにしたプログラムがあると聞きましたが、いかがでしょうか?
▼ YT
IBをベースにした、TOK(Theory Of Knowledge:知の理論)というプログラムがありました。倫理の授業と哲学を混ぜたような内容で、すごく考えさせられる授業でした。先生にどんどん質問されて突っ込まれて、なんだかよくわからなくなるようなこともあるのですが、他の授業ではなかなかそこまで考える機会もありませんので、とてもためになったと思います。自分の意見をいかにして出していくか、興味深い面白い授業でした。他の授業は、基本的には全部日本語で行われていたのですが、英語は帰国生用の授業があり、その授業は一般の生徒とは別クラスで授業を行っていました。その時間は教科書は使わないのですが、本を1年間で3冊くらい読んで、その本についてディスカッションをしたり、エッセイを書いたり、本を分析したりという授業を行っていました。
▼ 司会
いろいろな学内・学外での活躍のお話も伺いましょう。例えば帰国生の多い学校では、模擬国連やディベートなどの大会に参加される機会も多いと思うのですが、まず模擬国連について聞かせて下さい。
▼ SK
模擬国連というのは国連の会議を高校生で体験しようというもので、アメリカで発祥しました。最初は大学生から始まり、それが高校生に拡がっていったプログラムです。僕が中学3年生の頃に初めて日本で全国大会が開かれることになりました。帰国生だからその大会に出たというのではなく、たまたま僕が中3の時に、先輩が全国大会に出たことで、自分も興味を持ち始めました。実は、1回は校内選考で落ちたのですが、それがむしろ英語を頑張るきっかけになりました。全日本高校模擬国連大会は日本全国から参加者が集まり、受賞校が翌年に開かれる全米高校模擬国連大会に出場します。全国大会出場前に、練習を兼ねた校内大会や対外試合などにも参加したのですが、その翌年のニューヨークで開かれた大会に参加することで、初めて真剣な問題、例えば「子ども兵」の問題だったり、「気候変動枠組」のような難しい問題を、英語で考えるというよりは、話して交渉して議論するという体験ができました。
▼ YT
私も同じ大会に出ていました。私はロシア大使でしたので、ロシアの立場で「子ども兵」について考えたり、今までにやったことのない体験ができました。日本人として考えるのではなく、ロシア大使として考えなければならないことが難しかったです。いろいろな学校の人たちと交流したり、交渉したり、相手に自分の考えたことを伝えなければならないのはすごく大変でしたが、良い経験になりました。
▼ 司会
ロシア大使として、「子ども兵」の問題について、どのように意見をまとめたのですか?
▼ YT
高校1年生の時でしたのであまり詳しく覚えていないのですが、周りの同じような考えを持っている国の大使を探してスピーチを聴いたり、話し合って一緒に新しい案を作っていきました。
▼ SK
自分はアゼルバイジャン大使に当たりました。アゼルバイジャンは、ロシアとコーカサス問題でもめている中東の小さな国です。ひとことで言うと、アゼルバイジャンのような、紛争は起こっていないけれど、過去に革命から立ち直った国は、また「子ども兵」が乱用される恐れがあるので、先進国でもなく、またアフリカのような小国でもなく、その中間にある大きなグループをまとめにかかるという戦略をとりました。
▼ 司会
サミットについて、概要の説明からお願いします。
▼ MK
G8というのがありますよね。それのもじりで、J8ジュニア・エイト・サミットと言うのが行われているのですが、G8と同じところ(日・英・米・加・仏・露・独・伊)で、世界の高校生が集まって話し合いをして提言書を作るのです。環境問題とか貧困問題、エイズの問題などについて、発表したりディスカッションしたりする大会です。私は日本の決勝で、渋谷教育学園渋谷に負けてしまいましたので、世界大会についてはSK君から説明をお願いします。
▼ SK
J8大会も、僕が参加した年は日本の洞爺湖でサミットが開催されることになりました。前年の12月の讀賣新聞に、「J8の日本代表に応募しませんか?」という広告が出たのを友人が見つけて、誘ってくれました。それから2~3ヶ月間の予備選考を受けて、7月の洞爺湖サミットに出ました。たまたま日本が開催国で、他国の人たちが日本に来て、日本で提言を出すことになりました。日本がリーダーシップを取らなくてはいけないわけではなかったのですが、ある程度日本人としての意識や主催国としての自覚、日本の北海道の文化を見つめ直すきっかけになったことが、自分にとっては大きかったと思います。
『進路選択について』
▼ 司会
大学を選んだ理由を、聞かせて下さい。
▼ YT
私は今、上智大学の国際教養学部に通っています。上智大学は比較的小さい大学ですので、大きい大学よりも、授業の人数も少ないので良いかなと思いました。国際教養学部を選んだ理由は、英語を続けていきたかったことと、留学は必修ではないのですが、留学した場合に海外での単位が認定されますので選びました。
▼ MK
私は親から「経済的に海外もダメ、私立もダメ、国公立にしなさい」と言われていましたので、国公立の中で進路を考えました。将来は獣医になりたいと思っていますので、国公立の中では行ける大学が18校くらいに絞られてくるのです。高校の時からディベートをやっていましたので、それも続けたいと思っていました。東大のディベート部はすごく良いところですので、それも魅力のひとつでした。獣医学部がある大学は、割と地方に多いのですが、国際交流するにも地方の大学よりは東大が良いかなと思いました。東大では、ハーバードとの連携授業があります。例えばサンデル先生の講義について、ハーバードの大学生とテレビ会議のような感じで討論する授業もあり、そういう授業が受けられるのが魅力で、東大に決めました。
▼ 司会
SK君には、去年もこの場に出ていただきました。ちょうど去年の今頃は、プリンストンに進学するための出発直前でしたね。
▼ SK
自分は高校2年の最後の方から、アメリカの大学を第一志望にしたいと思い始めました。英語力の保持、学部の専攻の自由、国際性などの面から進路について考えました。プリンストンを選択した理由は、言葉ではなかなか説明しにくいのですが、とても綺麗で、活発な学生が静かに学問ができる環境だと思いました。他にハーバードなども見学したのですが、ピンと来るものがなくて、自分には合っていないと感じました。実際の受験では、まずは第一志望にアメリカの大学があり、併願校として日本の国立を考えました。先ほど模擬国連の話もしましたが、どちらかと言うと、自分は学外活動よりも学内の活動、例えば学級委員とか文化祭での活動の方が活発で、学年やクラスの仲間意識も強く感じていましたので、高2までは海外のことを意識することはありませんでした。受験では、あくまでもアメリカに優先順位を置きながら、受験スケジュールに都合が良く、最後は日本の大学だけに専念できましたので、併願することにしました。
▼ 司会
今、プリンストンで1年目を終えられましたが、学生生活はいかがですか?
▼ SK
プリンストンの学生は、「大人っぽい」と一概には表現できないのですが、同じ18歳と接しているとは思えないような感じです。社交的だったり、プレゼンテーションがうまかったり、とにかくショックを受けることが多くて、1年目は勉強の方に時間を取られました。10ヶ月間1回も日本には帰らなかったのですが、プリンストンでの生活と東京に戻ってからの生活が、自分の中で別世界過ぎて、自分が10ヶ月間プリンストンにいたことも実感が沸かず、9月からまた復帰するというのも実感が沸かないくらい、まだプリンストンに慣れていないです。
▼ 司会
ギャップに慣れないということですね?
▼ SK
そうですね。日本と海外での生活になかなか切り替われないというか、切り替わっているのを意識できないでいるのかもしれません。
▼ 司会
いろいろ経験多い1年だったと思うのですが、そろそろ専攻は決まるのですか?
▼ SK
社会科学系になりそうですが、来学期の1学期の授業を取ってから、半年後に正式に決めます。
『帰国生のみなさんへ、先輩からのメッセージ』
▼ 司会
最後に、本日お集まりの帰国生に何かアドバイスやエール、それから保護者の方にも一言お願いします。
▼ YT
日本に帰ってきたばかりだと、戸惑うこともあると思いますが、親御さんが背中を押してあげて下さい。私も親に支えてもらい、助けられました。親の支えは大きいと思います。
▼ MK
帰国子女は周りの人とは違うかもしれませんが、自信を持って頑張って欲しいです。あと、親御さんは、子どもの背中を押していただけると、子どもとしてはありがたいです。
▼ SK
僕も渋谷教育学園渋谷を選んだのは親が決めたことでしたので、受験や中学1年の頃は家族のサポートが大事だと思います。僕は、中高6年間帰国生としてやってきました。最初は「帰国生」という一括りで考えられますけれど、中3くらいになるとどんどんその括りはなくなってきます。帰国生だから模擬国連やJ8に出た方が良いというのではなく、自分にとっては模擬国連よりも文化祭の有志企画で得られたものの方が、苦労も多かった分、得られたものも大きかったと思っています。大学やその先の進路を考えるに当たっては、帰国生の強みも活かしながら、しかしそれよりも個人の性格の他の強みとあうように学校生活を送れたら良いと思います。
▼ 司会
大変貴重なお話をたくさん伺えました。本日はどうもありがとうございました。大きな拍手をお願い致します。

パネラーの体験談、海外で暮らしたからこそ感じたことを聞き、励まされもし、立ち止まって振り返って見もし・・・。それぞれが感じたことは、ご来場の皆様個々に異なることでしょう。また今回、パネラーの話を聞きながら、さて我が家では?と改めて考える機会となったかもしれません。彼ら自身もまた、自分の体験を見つめ直す時間となったようです。

当日ご協力いただきました、帰国生、各学校の先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。

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