1月初旬に開催された、最後の日能研の保護者会。
結果がどうであれ、ここまで息子が受験をやめずに続けてこられたこと。それだけでも日能研には感謝の気持ちでいっぱいで、保護者会の帰り道、思わず涙がこぼれそうになりました。
というのも、ここまで辿り着くまでに、わが家にはいくつもの紆余曲折があったからです。
麻布→東大出身の父は、息子の中学受験に前のめりで、「今は○塾が一強だから」と言い、4年生の夏期講習から○塾に通わせました。しかしその後、入塾を勧められた際、息子は「絶対入りたくない!」と狂ったように泣き出してしまいました。そこで一度、中学受験自体をあきらめることに。
その後、父は「インターナショナルスクールに入れてはどうか」と言い出し、インド人学校を見学。とはいえ、英語に全く触れてこなかった息子が本当に通えるのか、しかも自宅からは遠く、私は不安でした。そこで、お試しとして5年生の夏休みにサマースクールに参加。3週間、なんとか通い切りましたが、片道2時間近くの通学はやはり厳しく、息子自身も「毎日通うのは大変だ」と実感したようでした。
公立中学に進んで高校受験をするのか、それとも今から私立中学を目指すのか。再び岐路に立たされた息子は、「高校受験はしたくない」という消極的な理由ではありましたが、中学受験に挑戦することを決めました。
その時点で、5年生の秋。
今から間に合うのか。そもそも○塾で挫折した息子が、また塾に通えるのか。
2つの塾を検討した中で、日能研は小学生専門の塾で、どこかアットホームな雰囲気があり、「ここなら息子も続けられるかもしれない」と思えました。
入塾後は、父が自宅で付きっきりで指導。最初の半年は偏差値も右肩上がりでした。しかし6年生の夏頃から息子のサボり癖が目立ち始め、父は「そんなにやる気がないなら、やめたら?」とプレッシャーをかけるようになりました。
そんなふうに追い詰めるのは逆効果だと思い、「ネガティブな言動はやめて」と夫に伝えましたが、翌日にはまた同じことの繰り返し。次第に夫婦仲も家庭内の空気も悪くなり、息子の偏差値も冬にかけて少しずつ下がっていきました。
それでも、息子は日能研の授業だけは休まず通い続けました。
1月になるころには、「どこの学校に入るか」よりも、「最後までやり切ること」が目標になっていました。
そして、いよいよ2月本番を迎えます。
ところが、ここで最後の大きな試練が訪れました。
本番3日前の1月29日、息子が発熱。
病院で検査を受けるも初日は陰性、翌日も陰性。翌々日の検査で、インフルエンザB型と判明しました。
翌日の受験校に連絡し、別室で受験させていただくことになりました。
2月1日
朝5時15分起床。
午前のA校の受験者は約300人。その中で保健室受験は息子だけ。
1/300。なぜうちの子だけ・・・と、悲しい気持ちになりました。
昼食も、咳がひどく食欲がありません。
午後のB校に向かう坂道では咳き込み、休み休み進む息子。その姿を見て、涙が出そうになりました。
帰宅後の体温は40.4℃。
「結果だけは見たい」と言っていた息子が20時の結果発表の画面を開きましたが、不合格。23時発表のB校も不合格でした。
「こんなにも体調絶不調のなか、明日も連れて行けるのか」という心配が押し寄せ、途方に暮れました。
2月2日
体調は昨日よりほんの少し回復。
午前のC校では過去問と似た問題が出たと言い、少し期待。
午後のD校は、コロナ感染者、インフル感染者、その他の体調不良者専用の部屋が用意されており、どんな状況下の子どもにも機会を与えてくださる懐の深さを感じました。
お迎えの際に「こんな状況でも受験させてくださり本当にありがとうございます」と頭を下げたところ、「試験監督も感染した先生なのでお気遣いなく」と声をかけていただきました。なんという神対応。
弱い立場の受験生に寄り添ってくださる学校の姿勢に、胸が熱くなりました。
しかし結果はC校もD校も不合格。
2月3日
午前は1日に落ちたA校を再受験。
そんななか、娘も発熱。もう災難が止まりません。
午後のE校では、息子が初めて明るい表情で出てきて
「算数、20分余った。全部解けた」と自信満々。
しかし結果は不合格。
最悪が更新され続けるような日々。
2月4日
ようやく隔離期間が終わり、普通の教室で受験できるように。
午前は2日に落ちたC校に再挑戦しました。
この日の結果次第では翌日の受験校を変えるべきか不安になり、日能研に相談。
室長から
「体調も戻ってきているし、予定通りで十分戦えます。
今日と明日、全部落ちることはないと思います」
と言っていただき、その言葉を信じて進むことにしました。
しかしC校の結果はまた不合格。
だんだん感情が麻痺してきて、「無」の境地に。淡々と翌日の準備をしました。
2月5日
午前はG校へ。
校舎前で日能研のZoom応援に参加し、「えいえいおー!」と気合を入れる息子。
息子が受験中、10時に前日午後に受験したF校の合格発表を確認しましたが、不合格でした。
息子は発表が10時だと知っていたので、どうしたらいいか日能研に電話で相談しました。すると「本人には伝えずに午後入試に行った方がいい」とアドバイスをいただき、まだ見ていないふりをすることにしました。
G校の終了時、保護者たちが不安そうな表情で受験終了を待つ姿が目に入りました。「5日になってもまだ受験が終わっていない」という意味では、皆同じ。同情心の塊のように見えました。その中で、我が家のように一つも合格が取れていないのは一部かもしれませんが。
G校から出てきた息子の表情は明るいものでした。でも子どもの「できた」は当てにならないので、気が抜けません。私はマスクで表情を隠し、平然を装いました。
「F校の結果には触れないで・・・」と心の中で祈っていたのですが、息子が「F校の結果を見たい!」と言ってきました。私は「午後に受験するH校、いい学校だから受けよう」と返しましたが、「受かってたら午後行かなくてもいいんじゃないか」と痛いところを突いてきます。それでも「今結果を見てもいいことないよ」と言って、なんとか午後の試験に連れて行きました。
H校の受験が終わり、駅に着くなり息子がF校の結果を見たいと言うので、私も見ていないふりをして一緒に確認しました。息子は「あぁ」と言うだけで、特にへこたれている様子もありません。
さらに息子が明日の予定を聞いてくるので、「今日の結果がどうであれ、明日の午前1校で終わりだよ」と言うと、「午後なにしようかなー」と、もう遊ぶことを考え始める始末。
そして19時。
G校の合格発表。震える手で受験番号とパスワードを入れてクリック。
すると、
合格!!
画面を見た瞬間、涙が溢れました。
もう合格は出ないのでは・・・と思っていたので、驚きと安堵・・・色んな感情が入り乱れます。そんな中、息子は「人生で一番うれしい!」と。その言葉を聞いたとき、数えきれない苦労があったけど「やってよかった」と思えました。
22時、H校は不合格。G校への進学が決まりました。
インフルエンザで始まり、体調不良のままの連戦、連敗。実力を出し切れなかった部分もあったかもしれません。でも結果的に、不可抗力によって息子に一番合った学校に導かれたのではないかと思っています。
何より、どんな状況でも最後まで受験をやり抜いた息子は現実の厳しさを味わい、確実に成長したと誇りに思います。
最後の最後まであきらめないで挑戦し続けるよう支えてくださった日能研の先生方、本当にありがとうございました。
これから受験を迎えるご家庭にも、思いがけない出来事が起こるかもしれません。
「まさかの坂がある」のが中学受験。でも、どんな状況でも最後まで走り切れば、きっとその子にとって良き道に導かれると思います。
- ※
- 今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。