できる範囲の無理を努力と呼ぶのか
一回くらい塾に通ってみよう、そんな軽い気持ちではじめた塾通いでした。あたたかい雰囲気とユニークな講師陣、個性豊かで明るく楽しい仲間たちに囲まれて、6年生の最後まで、ただの一度も、「塾に行きたくない」とは言いませんでした。
通い始めた当初は受験をするとは決めきれていなかったものの、実際にいくつかの学校を訪問していく中で、本人が行きたいと願ったのは、当時の成績では手が届かないレベルの学校でした。親としてはもっと楽な道もあるのではと何度も思いましたが、最終的には子供の、精いっぱいやってみたい、挑戦してみたいという気持ちを尊重するしかないと決断しました。もともと追い上げる方が得意なタイプだったようで、5年生の終わりに志望校を決めてからはひたすら上を見て走り続けて行ったと思います。
努力を重ねているにもかかわらず結果がなかなか伴わず、親としてかなり不安を感じたこともありました。保護者面談で担任の先生より、現段階で結果が出ていなくても仕方がない、今から必死でやって、本番、当日の入試に間に合うかどうかだ、というようなお話をしていただいて、こちらも腹をくくれた気がします。
自分で決めた受験、自分で決めた志望校だったからこそ、常に前を向き、弱音もはかずに必死で取り組んでいました。一度だけ、日能研全国公開模試で思うような結果が出なかったときに、こんな点数では受からない、と、ひどく取り乱した瞬間がありました。何を話したのかは覚えていませんが、騒いでいるその時間すらもはやもったいないのだ、ということを伝え、動揺により失ってしまう時間を最小限に抑えようと試みました。
第一志望に受かってほしい、でもそうでなければなるべく報われるような学校に合格してほしい、という考えを改めたのは1月ごろかと思います。子供が第一志望だけを見据えてひたすらに頑張っているのだから、甘い考えは捨てようと思い、とにかく第一志望校にそった教材を揃え、整理し、提供し続けました。
成績はほんのわずかずつではありますが、最後の最後まで、伸びていきました。直前に受験した他校に不合格だったときも、常日頃先生に言っていただいたように、本番の試験以外は小テストだと捉え、すぐに第一志望に気持ちを切り替えました。
直前期にはとにかく睡眠と体調管理を重視し、どうしても行き詰まったときには趣味のプールに行きました。思い返せば、全てにおいて「無理」になるギリギリまでの範囲のことをし続けた4年間だったと思います。仲間たちと先生方なしでは到底続けられなかった生活でした。お世話になり、本当にありがとうございました。
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