大人に囲まれて育った一人っ子の息子。
ついつい、足りない言葉を補完して会話を進めたり、先回りして物事を段取りしてしまったり。
良きにつけ悪しきにつけ、親として子に関わる密度と濃度が上がってしまう環境でした。
それならばとことん親子で向き合って、がっぷり四つで組んだ後自立の道を歩み始める契機がほしい。
自分で環境を選び取る試練が必要だ、と中学受験をすることにしました。
大手受験塾を数校見学したところ、授業が面白く、先生方のお話から一番豊かな「学び」を感じた日能研にお世話になることになりました。
新4年生は上位クラスから。幸先のよいスタートに親は色めきだちましたが、夏~秋にかけてクラスダウン。
新5年生での目標はW3へ戻り前列を死守することになりました。
Rか?という夢もみないことなかったですが、5年の夏までに届いたところで勝負することに。
無事目標を達成し、5年夏~新6年はW3前列のまま志望校へ挑むことにしました。
算数、特に平面図形が苦手でした。方眼紙で作図、形を意識させること、問題文の情報を細かく書き込み、公式を理解させることを意識しました。
比、食塩水濃度、その他特殊算は「面積図」をマスターすることで苦手意識を払拭できたようです。
国語は爆上がりも爆下がりもせず。語彙、慣用句、内容把握は得意なようでした。
少々大人向けかな?とおもえる小説や映画も豊かな内容であれば臆せず鑑賞させたのが良かったかもしれません。
社会は地理が最後まで足を引っ張りましたが、近代史、公民が大得意だったため、そのまま進めました。
理科、生物が苦手分野でしたが、直前期の「詰め込み」に賭けました。
志望校を中心に学園祭、体育祭、学校説明会にも親子、夫婦で参加。
都度、そこで過ごす我が子の姿が想像できるかどうか。で志望順位をつけていきました。
過去問は何周するか、いつ手をつけるか、など様々な意見があるかと思いますが、基本日能研の先生方のアドバイスに従うのが一番合理的かと思います。
実は10月、過去問に初めて解いた際、受験者平均にも遠く及ばない点数で目の前が真っ暗になりました。
慌てて面談にてご相談したところ、これからの3ヶ月のロードマップを教えていただき親子とも安心。
いよいよの直前期、一月校は手堅い1校とチャレンジ校1校。結果はまさかの両校からの合格。
ここで一気に弾みがついた気がしました。
2月本番までの「凪」ともいえる時間。
気持ちが落ち着かずオロオロする親に比べ、本人は淡々と自分で決めた課題をこなしており、大変な成長を感じました。
そして本番の2月。
複数校を併願しようという親に、「一回で決めるから。余計なお金を使う必要ないよ」とこれまたクールな様子。
気が気でない親を尻目に、1日午前の本命校、午後のお守り校のみの出願となりました。
迎えた1日当日。「付き添いはいらないよ。午後だけお守り校最寄り駅で待ち合わせしよう」と。母、ひたすら当惑。
お守り校の受験を終えての帰路、本命校の合格発表時刻となりました。
帰宅後、落ち着いて確認しようと家族は言いましたが、「いや、ここで確認する」とショッピングセンターの駐車場で確認することとなりました。
結果は合格。「よっしゃ」と静かに力強くガッツポーズをする本人の横、号泣する母。
なんとも奇妙な空間でした。
転ばないように、困らないように。先回りして気を回し、障害物をどけて。
よい親のつもりで、そんな子育てして充足感を得ていたつもりでいましたが、
息子の成長の方がずっとずっと早く豊かだった。ということに気付かされました。
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- 今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。