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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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偏差値50からつかんだ奇跡の合格

  • 年度:2026
  • 性別:男子
  • 執筆者:
一、東京受験の朝

2月1日の朝6時。私と息子は新宿の街にいた。
まだ薄暗く、身も心も芯まで冷えるような朝だった。
そんな街角では、仕事を終えたばかりの人たちが陽気な声を上げていた。

ついにここまでたどり着いた。いや、たどり着けた。
ここまで来るのに、どれだけの壁があっただろう。
そして、東京受験初日のこの時間に新宿の町中にいるなんて、
数年前には想像もしていなかった。

私も妻も中学受験の経験はない。
そんな我が家の一人息子が、今日、第一志望の学校に挑もうとしている。
ここまでの数年間、期待と不安、迷いと希望が何度も行き来した。
それでも、この日のために積み重ねてきた時間が確かにあった。

この日は学校近くのホテルに前泊していた。
1月受験を通して、「近くのホテルから会場へ向かう」という流れが
我が家に合っていると分かったからだ。
前日に早めにチェックインし、静かに過ごし、少し早めに眠る。

当日は朝食を買いにコンビニへ行き、部屋で食べてから淡々と準備をした。
予定通り会場に着き、別れ際にはいつも通り

「いってらっしゃい」

とだけ伝えた。
息子もいつも通り

「行ってきます」

とだけ答えた。

けれど、試験会場へ歩き出した息子は、
十歩ほど進んだところでふと振り返り小さく手を振った。

模試の時も、これまでの入試でも、そんなことは一度もなかった。
その光景に、私は思わず胸がいっぱいになった。
私も答えるように小さく手を振った。

まだ12年しか生きていない小学6年生。
その小さな背中に、どれほどの不安とプレッシャーがのしかかっているのだろう。
そう思いながら、私は保護者控え室へ向かった。


二、塾との出会い

息子が塾に出会ったのは、小学3年生の夏だった。
きっかけはほんの数日間の夏期講習だったが、その出会いは我が家にとって大きな転機になった。

当時、学校生活は決して順調とは言えず、親としてもどう接するのがよいのか悩むことが多かった。
そんな中で参加した塾で、息子は驚くほど生き生きしていた。
新しい知識を知ることが楽しくて仕方がない、そんな顔をしていた。

講習を終えた息子は、嬉しそうに

「塾めっちゃたのしい!」

と報告してくれた。

もともと理科の知識分野には強い興味があり、科学の本や偉人伝を読むのが好きな子だった。
だから、知らないことを次々に教えてくれる塾の授業は、本当に面白かったのだと思う。
授業の後には、その日習ったことを毎日のように話してくれた。

さらに、その時に同じクラスのお友達から

「一緒に通おうよ!」

と声をかけてもらった。
この言葉も、息子の背中を大きく押してくれたのだと思う。

夏期講習が終わったあと、息子の口から出たのは

「僕も塾に通いたい」

という思いがけない言葉だった。
こうして、日能研を中心とした日々が始まった。


三、揺れながら進んだ日々

もちろん、その後の道のりはまっすぐではなかった。
生活のリズムがうまく整わない時期もあれば、家庭学習が思うように進まない時期もあった。
親として戸惑うことも多く、手探りの毎日だった。

それでも不思議なことに、塾にだけは前向きに通い続けた。
先生の話に引き込まれ、学ぶことそのものを楽しみ、少しずつ自分の世界を広げていった。
そんな姿に、何度も救われた気がする。

いくつかの学校を見学するようになった頃、
「自由な校風がいい」と聞いて、名前だけ知っている学校を見に行ったこともあった。
その時、広い自然のある校内で、ヤギ小屋の前に立った。

見知らぬ保護者の方が、小屋の奥にある白い塊を見て

「あれは何かしら?」

とつぶやいた。

すると息子が少し得意げに

「あれは岩塩だと思うよ」

と答えた。
理科の知識や科学の話が好きな息子らしい答えだった。

緊張しながらの学校見学の中で、少しだけ息子らしさが見えた瞬間だった。


四、海城との出会い


いくつかの学校を見る中で、息子の心を強くつかんだ学校があった。
海城中学校だった。

新しい理科棟を見た時、息子の目が明らかに輝いた。
化学部の先輩が実験を見せてくれ、物理部ではものづくりの様子も見ることができた。
そこには息子が大好きな「理科の世界」が広がっていた。

帰り道、息子はぽつりと

「ここ、すごい。ここに行きたい」

と言った。

その瞬間から、この学校はただの志望校ではなく、本人にとって特別な目標になった。
ただ、模試の結果だけを見れば、決して安心できる状況ではなかった。
それでも、本人の気持ちは変わらなかった。


五、第一志望の受験直前に見えたもの

6年生になると、受験は一気に現実味を帯びてきた。
勉強量も増え、親子でぶつかることもあった。
思うように進まない日もあったし、親として焦りすぎてしまった日もあった。

そんな中で印象に残っているのが、模試帰りに大学時代からの親友家族と偶然再会したことだ。
同い年の子どもを持ち、同じように受験に向き合っている家族だった。
まさか模試会場の近くのレストランでばったり会うとは思わなかった。

その後、1月受験の際、なんと同じホテルに宿泊しており、そこでも偶然再会した。
最初に気づいたのは子どもたちの方で、

「あれ? ○○ちゃんじゃない?」

と息子が言ったのをきっかけに、親同士も気づいた。
張り詰めていた空気が、その瞬間だけふっとやわらいだ。
受験は孤独な戦いのようでいて、同じ場所で頑張っている仲間がいるのだと感じた。

1月の受験では、まず一つ合格を取ることが大きな目標だった。
簡単な戦いではなかったが、埼玉受験で息子はしっかりと結果を出してくれた。
それが家族にとって大きな安心につながり、千葉受験では更に上位の学校からも合格をいただくことができた。
こうして2月は、第一志望に集中する形を取ることができた。

残された時間で、息子はひたすら過去問に向き合った。
特に独特な問題で有名な社会は、回を重ねるごとに手応えを感じていたようだった。
資料を読み取り、そこから考えさせる問題が多く、本人にはそれがとても面白かったらしい。
いつしか

「海城の社会は好きかも」

と言うようになっていた。


六、そして合格発表

本番の試験を終えた息子は、さすがに疲れ切っていた。
手応えがあったのか、なかったのか、表情からはよく分からなかった。
ただ、やれるだけのことはやってきた。その事実だけを信じるしかなかった。

翌日、正午の合格発表。
父、母、息子の三人でパソコンの前に並んだ。
あと五分。
その五分が異常に長く感じられた。

そして時間になり、結果ページを開こうとしたのだが、なぜかパスワードを間違える。
もう一度入れてもまた間違える。
焦れば焦るほど指が震えた。

ようやくログインできて、画面に表示されたのは

「合格」

の二文字だった。

その瞬間、私は息子より先に泣いてしまった。
その姿を見て、息子も遅れて涙を流した。
妻は笑顔で

「やったじゃん!」

と言った。

三人で喜び合ったあと、すぐに塾へ電話をした。
合格を伝えると、電話の向こうから大きな歓声が上がった。
その声を聞いて、また涙がこみ上げてきた。

さらにその直後、あの親友家族に連絡した。
するとすぐに

「おめでとう! うちも受かったよ!」

と返信が来た。
まさか同じ日に、同じように第一志望の合格を喜び合うことになるとは思っていなかった。
大学入試の日に出会った友人と、30年後に子どもの中学受験でこんな瞬間を共有することになるなんて、本当に不思議な縁だと思った。


七、最後に思うこと


振り返れば、決して順調な受験ではなかった。
けれど最後に合格をつかめたのは、本人がその学校に強く憧れ、最後まで目標を見失わなかったからだと思う。

中学受験は、偏差値という数字だけでは測れない。
もちろん模試の結果は大事だが、それだけで決まるものでもない。
学校との相性、問題との相性、そして何より「ここに行きたい」という本人の気持ちが、大きな力になることを今回あらためて感じた。

届かないかもしれない。

そう思いながらも挑戦し続けた先に、合格があった。
この経験は、結果以上に「本気で目指したものに向かって努力することの意味」を、親子に教えてくれた気がしている。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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