私の中学受験は1月10日の埼玉受験から始まった。
朝早くにおき、電車が混みあっており、「これは埼玉には通えないな、、」と思った。
午前中のテストを受けたあと、たまたまあった友達の顔をみてすこし安心した。
午後受験に向けて準備をしていると、だんだんからだの調子が悪くなっていった。そのときは緊張のせいかな、と思っていたが迎えの母と会うときには喉の痛み、頭の痛さがMAXになっていた。電車ですこしうずくまってると心優しい方が席をゆずってくれた。家につくまではその電車で寝ていた。
次の日、電車にのって遠くの病院に行ってみるとインフルエンザBだった。
その後一週間は体調が戻らず、ずっと寝ていた。東京の本番は大丈夫かな、不安に思っていた。
その後、体調が回復した後、集中してメモリーチェックを何回も何回も繰り返し解いた。
迎えた2月1日。微かな期待と不安を抱えながら向かった。
午前中。
結構手応えがあった。淡い期待を抱きながら午後受験を受けた。午前中の方が簡単だったかも、と思う。
結果。
第一志望は不合格。午後の滑り止めは合格。午前中のテストは結構自信があったのに、と枕を涙で濡らした。
2月2日。2月1日より2月2日の方が眠れなかった。だが時間はどんどん進んでいく。
迎えた午前中。
倍率が上がるのは目に見えていた。解いた感触も苦手の算数と社会があまりうまくいかず、ちよっとだめかもな、とおもった。
明日は得意の作文メインの受験なのでそこで頑張ろう、とお昼ご飯に母とポテトをほおばった。
午後の入試が終わった後、
不安をぬぐいたくて日能研にいき、翌日の受験のアドバイスをもらい、明日、また頑張ろうとおもいながら、家路を急いだ。
家に帰り、お風呂に入ろうとしたら、合否発表の時間になっていたので母がまあ、どっちでもいいじゃん!といって心の準備も無くボタンを押した。
とたんに母が飛び上がっていたので何事かと思って私もみてみたら合格していた。実感がわかなかった。母は泣いていた。
その後、日能研の先生に電話した。喜んでくれた。
戸惑いと嬉しさ等の色々な感情が渦巻いていた。
第一志望に受かった実感はまだじわじわとしかない。
粘って諦めない忍耐力、中学受験で私が身に付けたことである。
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