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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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文武両道を目指して

  • 年度:2018
  • 性別:男子
  • 執筆者:
栄光の瞬間。が息子にも訪れました。涙があふれてとまりませんでした。

振り返れば4年前。勉強の習慣を身につけさせたい、兄弟割引も魅力的だと、日能研に通い始めました。最初の2年、私は姉の受験のサポートに徹し、息子は放置していました。しかも息子は土日祝日に野球をしていて、テストはいつも平日に振替受験。家庭学習も平日にしか時間がとれないため、正直息子の勉強の仕方は乱雑で丁寧なものではありませんでした。最低限の宿題と軽くテストの振り返りをする程度。それでも、5年前半の平均偏差値は58、時に60を超えることもあり、市川・東邦を狙える位置にいました。本人とも相談し、6年9月の秋の大会まで野球と塾を両立しながら、両校を目指すことに決めました。

しかし、当然のことながら、そんな考えは甘かったのです。

成績が下がり始めたのは5年の12月頃でした。偏差値が50台前半まで落ち込み、浮上しない日々。やはり難化していく勉強についていけていなかったのです。そんな中、野球でひじを故障し、野球と塾に通院も加わり、野球も勉強も中途半端だと虚しさをかみしめるつらい時期を過ごしました。
しかし、今できることは、目の前の勉強を続けることだけ。分刻みのスケジュールを週単位で作成し、栄冠への道、テストのふり返り、次のテストに向けての学習、漢字と計算、この1クールを、優先順位を決めて、練習、通院の合間になんとかこなせるように、息子を叱咤激励し続けました。
春を迎え、成績は、それでも簡単には上がりませんでした。50台半ばをいったりきたり・・・。下がらない、ということが大事なのだと励まし、やはり粛々と同じことを繰り返す毎日。野球は土曜の午後のみ授業に参加するため休みましたが、大事な試合のある時は授業の方を休み、日曜の日特は受講せず、テストは月曜に受験しました。所属するGクラスの授業日数は一日多いため、本当にハードな毎日でした。そんな中、担当のスタッフの方から、Wクラスへの降下を勧められました。市川東邦志望なら、Wクラスが適切でGのカリキュラムには不必要なスペックも多く、学力的にも今の息子にはぎりぎりで無理があるのではないかと。本人にそのことを相談すると、Wに行きたくないとの返事。仲の良い友達もでき、実力で下がらないかぎり、Gにいたいと。本人の意向を尊重し、7月までGに残り、夏休みから下のクラスに下がることにしました。

そして、9月。息子は大会に負けた瞬間休部と決めていました。6年一緒にやってきたチームメイトと野球をするのもこれが最後。万感の思いで見守りました。しかし準決勝で敗退。もう9月も半ばになっていました。監督、チームメイトに見送られ、その足で日特の授業に向かいました。

野球が終わり、A(W)クラスになり、ようやく受験に専念する日々となりました。Aクラスで授業日数が一日減ったこともあり、過去問も予定通りこなすことができました。日々の課題以外に、苦手な算数対策として、日能研出版の問題集を購入しB難度の問題を解かせました。学校見学も全くできていなかったので、何校か足を運びました。改めて息子の志望校をきいたところ、市川に行きたいと。当初は東邦に行きたいと、他校にはあまり興味を持っていなかった息子。しかし塾に通い、授業や友人との会話の中で自然と市川を意識するようになっていたようです。しかし、成績が届いていないのが現実。第2志望の東邦に対策を絞って勉強するよう言い聞かせ、納得させました。もちろん東邦すら全く手が届いていないわけで、併願校も万全で組み、でも志望校の合格をあきらめずに、また粛々と勉強させる毎日。叱咤激励の日々、叱咤の方がかなり多かったです。

12月の最後の模試は結局、偏差値55で終わりました。6年の年間平均偏差値55.3。算数が悪く平均50、国語は50半ば、理社は50後半。もちろん苦手な算数の強化はずっと続けていました。なかなかなくならないケアレスミスの多さは伸びしろの大きさだと、前を向き、一行題の精度の強化と苦手な数論や文章題の再点検を冬休みの最重要課題としました。

大いに活用したアイテムが500枚プリントでした。教科別テーマ別のリストと息子の分野別正答率と、志望校の傾向の3つを照らし合わせ、解くプリントをリストアップしていきました。3週間ほどで算80枚、社40枚、理20枚合わせて140枚こなしました。特に算数は誤答した問題を日をおいてもう一度解かせました。また、MY NICHINOKENから志望校と類似傾向の学校を調べ銀本で取り組み、さらに過去半年のカリテ、模試の正答率30%以上の誤答問題をピックアップして全て解きました。

冬休みが終わり迎えた埼玉初戦。本人の手ごたえは悪かったようですが、合格をいただきました。得点開示があり、点数的におそらく偏差値58~59あたり。成果が出ている実感を得ました。

そして1月20日、千葉入試が始まりました。埼玉受験後も学校を休まず、勉強時間が減ったことが幾分不安でしたが、やれることはやったと、あたって砕けて来いと息子を送り出しました。
試験終了後、息子は開口一番、絶対落ちた、と。
当然だろうと、必死で挑戦したことが素晴らしいんだと慰めました。
翌日も、あまり手ごたえがなかった様子。算数で失敗したと。内心ショックで平静に保つことがつらかったのですが、3日目、4日目とまだまだ入試が続くため、再現答案と振り返りの重要性を言い聞かせ励まし塾に行かせました。その夜、息子を早く寝かせるも私は3日目もだめなら東京入試だと、いろいろな考えが巡り寝付けませんでした。
千葉入試3日目。息子が入試の最中に初日の結果が。本当にみるのがつらかったです。でも現実を見届けなければと開いたスマホの画面。

まさかの市川合格。
信じられない歓喜の瞬間でした。生涯忘れないでしょう。

結局、東邦からも合格をいただき、9回裏ツーアウトからの逆転勝利に匹敵する素晴らしい結果を勝ち取りました。最後まで前を向きがんばり続けた息子を誇りに思います。

そして、姉のころから長い間導き、サポートしてくださった、日能研の皆様には本当に感謝しております。つらいけれど、時に楽しく、親子で意義のある日々でした。ありがとうございました。
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