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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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求めよ、さらば与えられん

  • 年度:2017
  • 性別:男子
  • 執筆者:
2月1日、第一志望校の受験。
2月2日、合格発表。
息子の番号が、ありました。
中学入試を決めた時から、変わることなく熱望し続けた第一志望のA校に、息子は見事、偏差値を超えた合格を果たしました。

息子には将来の夢があり、その道へ近付けそうなことから、息子の第一志望校は4年生の時からA校ひとすじでした。
ですがA校は、偏差値的にはチャレンジ校。6年生の平均偏差値では、R3にも及ばぬ位置にいました。
ですから親としては、様々な安全策を練って併願を組みました。
埼玉ではお試し受験の相応校を1校、千葉ではチャレンジ校と、確実な合格を得るための安全校との2校を受験。
そして東京は、2月1日はチャレンジのA校と第二志望の相応校とにW出願。2日以降はそれぞれの2回目入試を入れました。
第二志望校は1日なら相応校ですが、2回目は難易度が格段に上がるので、1日にA校を選べば東京は全滅かもしれないと危惧していました。

いざ入試が始まってみると、息子はまず、埼玉・千葉の3校に連勝。
千葉の安全校では特待合格をも果たし、弾みをつけた息子は、1日はA校で行くと、ためらいなく宣言しました。1日はA校と第二志望校とにW出願をしていましたから、最終的には日能研の先生に相談しなくてはと思っていたところ、息子がさっさと決めて自分で話をつけてきてしまいました。

A校の過去問は10回分やりましたが、9回は合格点に遠く及ばず、入試直前に取り組んだ10回目にして初めて、合格最低点をようやく3点、上回ったのが唯一の成果でした。
大人から見たら心が折れそうな状態ですが、息子は過去問で間違えた問題を繰り返し解き、最後までまっすぐに、ただA校を見据えていました。
その潔さは親である私が見ても惚れ惚れするほどで、口を出せる隙はなく、ただ息子を信じて応援することに決めました。

そして、ついに迎えた2月1日。
息子は、入試に向かう電車の中で、「A校では〇〇部に入るんだ」「来年のNフレンズでは、A校のブースでこんな話をしてあげるんだ」など、A校に通う自分の話を、楽しそうに語っていました。
この子は、受かることしか考えていないんだ・・・我が子ながら、その前向きさに脱帽する思いでした。

入試が終わって出てきた時も、息子には笑顔がありました。
怪我も病気もなく、第一志望の入試に全力で取り組めただけで、たとえ結果がついてこなくても満足だ、私はそう思っていました。けれど、やり切った息子の笑顔を見た瞬間、チャレンジ校だと身構えてばかりいた私が、学校とのご縁とはこういうところに生まれるのかもしれないと、ふと奇跡を予感したのでした。

2月2日、A校の合格発表日。
息子と私は第二志望校の入試に挑んでいましたので、合格発表は父である主人が見に行きました。
第二志望校の入試を終えて出てきた息子は、合流していた主人の姿を見付けて飛び付き、私もその後ろから息子に寄り添い・・・そして、第一志望校の合格を知った息子の口からまず出たのが、「今までありがとう」の言葉でした。それを聞いて胸がいっぱいになり、人目につかぬ片隅で、3人でこっそりと涙しました。
もちろん、その足でA校に向かい、息子自ら、掲示板で合格を確認しました。息子の人生で最高の瞬間でした。
その晩、第二志望校の合格もわかり、息子の入試は、5戦5勝で幕を閉じました。

実は後から知ったことがあります。
A校の入試当日、A校に入った後の話ばかりしていたのは、自分自身を奮い立たせるために、敢えて口に出していたのだと。
楽観的にさえ思えた息子の発言は、不安を打ち消すための作戦だったというのです。
そしてもう一つ驚いたのが、合格を知った息子がまず口にした、感謝の言葉。
どちらも、日能研の先生からのアドバイスに基づいた行動だったようですが、入試を通じてこんなにも息子が成長していたことに、改めて気付かされたのでした。

今、入試を振り返って、第一志望校に対する息子の熱意が勝利を呼んだのだと、私は確信しています。

求めよ、さらば与えられん―。
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