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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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本当の勉強、本当の努力

  • 年度:2018
  • 性別:女子
  • 執筆者:本人
「努力は無駄にならない」、「結果はちゃんとついてくる」、そう言われてずっとやってきた。
そんな言葉は、すべて嘘だと思っていた。でも。嘘をついていたのは、私だった。

私が日能研に通い始めたのは、3年生の後期。4年なってからはずっとトップMで(受験する気こそなかったようだが)、それなりに頑張っていた・・・はずだった。こなしきれない宿題の量とハイレベルな授業についていけず、5年に入ってM2へ。その後、一度上がったが、やはりトップMのハードルは高く、結局それ以来上がることはなかった。そして、M2に戻ってからも、私の余裕とサボリは続いた。ぼやっと過ごしていたら、いつの間にか私は6年生になっていた。

6年の初めの国語で、先生はこんなことを口にした。「桜蔭や開成、筑附を目指すなら、トップMでないとダメ。でも、女子学院や麻布はM2でも目指せる」この言葉が、のちに私を動かす原動力となった。

6年生の夏。Nフレンズに参加して、私は一種の「眠り」から覚めた。あの日の晩、私は母に訴えた。「私、女子学院に行きたい。お願いだから・・・。女子学院を狙わせてください!」土下座をして、頼み込んだ。もう終わってしまった日特の申し込みも、電話をして変えてもらった。私は、みんなに散々迷惑をかけるのを承知で、今までよりも随分高いところを目指すことを決心した。その晩、母は泣いていた。
夏以降の私は、今までとは違った。女子学院だったら、M2でも狙える・・・ずっとその言葉を信じて、「精一杯」を目指して頑張った。勉強に対する姿勢も変わった。少しずつ、でも着実に合格に近づけるように。あれから何度母とぶつかっただろう。何度泣いただろう。でも、私はめげなかった。

1月に入って、急にやる気がでて、女子学院に行きたくて仕方なくなった時でも、私を母の距離は一定に保たれていた。しかし、入試1週間前になって学校を休んでから、私と母は急接近した。私は、母を信じることにした。誰よりもよく自分を知っている母に、すべてを委ねることにした。何度もイライラと戦った。何度も自分を押さえ込んで、勉強した。本当の「そうすることに抵抗を感じながらも、当面の学業や仕事などに力を入れる意」の勉強を初めてした。

そうして迎えた当日。今までで一番のできと思って帰ってきて、解答速報をみたら、1教科だけとても酷かった。終わってしまったことを悔やんでも仕方ないので、あきらめて2日目に臨んだ。

そしたら、奇跡が起きた。私の受験番号があった。
学校について友達と会い、喜びを分かち合った。ただ、もちろん失敗した友達もいた。だから、素直に喜べないところもあった。でも、やっぱり嬉しかった。
たったの1日でも2日でもいい。本当の「勉強」をすれば、本当の「努力」をすれば、必ずや合格につながることでしょう。 ※新明解国語辞典より「勉強」
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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