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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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感動の中学受験

  • 年度:2020
  • 性別:女子
  • 執筆者:
<2月1日(土)>
○5:50:起床。1日目は心身ともに万全。朝食時は笑顔で張りのある声。いつも通り。
○7:00:第一志望校(富士見中)へ出発。集合40分前に到着。日能研の先生と握手し2月受験開始
○12:30:第三志望校(三輪田学園)へ電車で移動し昼食。
○18:00:帰宅後、第一志望校の国語の出題傾向が変わり不出来とのこと。結果は補欠。残りチャンス2
     回あり、親子とも微妙な感じ。第三志望校は出来た感触有りで落胆せず夕食し就寝。
○22:30:まさかの第三志望校も不合格。過去問の相性が良かったため、過信してしまい親は意気消沈。

<2月2日(日)>
○5:50:起床。娘へ第三志望校の不合格伝える。ベッドで起き上がれず伏せたまま泣く。
○7:00:第一志望校が不合格であれば残り2回受験計画。まだ声に張りがあり、気を奮い立たせ出発。
     日能研のE先生と握手。午前中に日能研のYA先生へ都内女子校の全敗時を想定し、3日目以降の受験相談。
○12:45: 第四志望校(大妻中野)へ車で移動。母親の手作りのサンドイッチを食べながらリラックス。
○17:00:車でお迎え。第一志望校の理科が過去問含めて一番の不出来。得意の月/星が苦戦し、苦手な
     浮力も大苦戦。難しく泣きそうになったとのこと。直前期、過去問の成績が安定してきた理
     科が予想外。娘から「第一志望校は(合格)無理だよ」とぼそり。車中と親の心に重く響く。
○18:00:帰宅後、3日目受験に備えて持参物の準備開始。念のため結果確認するため、PC起動。
     第一志望校の合格発表サイトを検索すると、父「あった、あった(受験番号)、よっしゃー」、
     娘「えっ」、妻「本当!?」、次女「何が?」、PCの画面で自分の受験番号を何回も確認し、
     立ったまま、感極まり暫く静かに泣く。
(※)第四志望校も合格、2月3日以降予定の第2志望校(光塩女子)は受験せず終了。

合格を頂戴してから、1週間経ち筆をとりました。
2日目の娘の頑張りに驚くほどの成長を肌で感じ、初めての「嬉し泣き」を家族で経験できただけでも中学受験を始めて良かったと心の底から思えた一時でした。
今でも合格は何かの間違いではないかと娘は語っています。実は不合格だった夢を合格翌日見たようです。(笑)

振り返ってみると、我が家の中学受験は3年生から日能研にお世話になりました。
バレエを習っていたため、4年生後期から4教科受講で受験勉強を本格的に始めました。(練習日程が厳しいバレエから新体操へ変更)小学校の友人との遊びよりも日能研へ行くのが楽しみで安心して通学させて頂きました。
ただ、学力面では夫婦揃っての学習相談を何度も先生方々にお願いし、公開模試の結果で何度も心が折れそうな時期もありましたが、娘はめげずに育成テストへ取り組む日々でした。
その中、6年生からご担当頂いた理科のH先生の人柄に惹かれ、理科の授業が好きになり、授業後の夕食時はH先生の話が持ち切り、受験勉強に対するモチベーションの強い支えになりました。
一番苦手だった理科の成績も向上。新体操の発表会が夕方まであっても埼玉午前受験終了後も疲れ知らずで理科/社会の授業は休まず出席していました。
1月は「日能研授業&復習」と「過去問(第1志望校8年間、第2志望校5年間の2クール)」の両輪で最後まで諦めずベストを尽くしました。

中学受験は「一喜一憂」「紆余曲折」がありましたが、日能研の先生、スタッフの方々のご指導/励ましのお蔭で、無事完走できました。
娘は今、中学入学後の部活動を楽しみにしています。本当にありがとうございました!!
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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