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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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親子二人三脚受験

  • 年度:2017
  • 性別:男子
  • 執筆者:
12月1日の東邦の推薦入試が最初の受験でした。
試験数日前に倍率21倍と聞き、親である私は狼狽。
1月21日に受験する予定だった第一志望の東邦を変更するべきなのではないかという不安にかられ居てもたっても居られず、日能研のS先生に電話しました。
S先生は、大変落ち着いた様子で「21倍はとても驚く数字ですが、1月21日に挑戦する子達の中、それしか第一志望者がいないという事も言えるんです。お母様」と一回り近く若い先生に諭され、私はとりあえず落ち着きました。
21倍と聞いても、目標がぶれないわが子や、先生方からの応援メッセージ入りの手ぬぐいを見て、親がここであたふたしてしまった事を大変恥じた事を覚えてます。
親である私は第一志望校は、結果だめでもぶれないとここで腹を決めたのだと思います。
東邦の推薦入試の前日から、いつもはひょうひょうとしている息子が緊張のため寝付けませんでした。
ずっとため息をついている小学6年生を見ていて心が痛みました。

当日の朝も、東邦までの道中ずっと下を向いて歩いていました。
話しかけても「話しかけないで」と言われます。
ただ、東邦の門の前で日能研の先生たちを見つけて顔がゆるんだのを覚えてます。
私は離れたところから先生たちに力づけてもらっている息子を眺め涙がとまりませんでした。
今後、他の学校を受験する度に同じ現象に襲われることになります。
先生方に力づけてもらった後の息子の顔つきが変わったのを今でも忘れません。
「E先生がさ、ものすごい力で握手してきたんだけど、すっごく元気になった」と言ってその日始めての笑顔がこぼれました。
その後間もなく、私と握手をした後試験の教室へしっかりとした足取りで向かっていきました。

次の日の結果は私が先に確認して、学校から帰ってきた本人に伝えました。
息子はWEBの結果を何度見ても納得しませんでした。
「私は21倍だし、次は人数たくさん合格するからそっちを目標にしよう」と言っても、納得ができない様子。
次の日が土曜日だったので学校の掲示を朝いちばんで息子と見に行きました。
張り出された受験番号を何度も何度も見て「帰ろう」とやっと言ってくれました。
あの東邦の銀杏並木を歩きながら「僕は今日から別人だ」とひとり言を言いました。
顔つきも違って見えたのは見間違いではなかったと思います。

その日から、勉強のやり方が変わった気がしました。
私が何か口出しできる雰囲気ではなく、何か言ってもすさまじい勢いで反抗されましたので、日能研のS先生に相談して彼の弱点に合った課題を何度か出して頂きました。
S先生から課題をもらってきた日は、とても嬉しそうに帰ってきて、課題に夢中で部屋から出てきませんでした。
それくらい先生からもらった課題を次の入試ぎりぎりまで真面目に取り組んでいたのを覚えてます。

千葉入試が終わりました。
1月20日おさえの八千代松陰、1月21日第一志望の東邦、1月22日第二志望の昭和秀英。
東邦の試験が終わって帰ってきた顔は、頬がこけていて心配しましたが、どんなに疲れていても試験の後は日能研に向かいました。
再現答案をしていたんだと思います。昭和秀英の試験の前日は、友達とコンビニで遅くまで勉強して帰ってきました。
千葉入試の結果は、第一志望の東邦が残念な結果となり、八千代松陰と昭和秀英に合格しました。
東邦と昭和秀英の結果次第で、八千代松陰の延納手続きと都内入試の願書を出す予定だったので、結果、延納手続きも無くなり都内入試の願書は出すことがなく、息子と私の二人三脚受験が終わりました。

今、思うと合格判定テストでも東邦と昭和秀英は合格圏内どころか、再考続きでした。
その学校に合格できたのは、あの東邦の推薦入試の不合格と、私たち親子をどこまでも支えてくれたS先生のお蔭だと思ってます。
この受験で、親子で何かを得ることができました。
それが何だったのか、これから親子でゆっくりとかみしめていきたいと思います。
日能研のS先生、その他教科の先生方には大変お世話になり、ありがとうございました。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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