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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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どん底からの軌跡

  • 年度:2016
  • 性別:男子
  • 執筆者:
息子は小学5年生の夏から小3の妹と一緒に日能研に通いました。
スタートは遅かったです。それまでは某通信教育の中学受験講座のみを自宅で学習させていました。
本人が「中学受験したい」と言い出したのは、中高一貫良いよね~、と日頃から呟いていた私(母)の影響も大きいのですが、同じく中学受験に向けて通塾していた同級生の影響もあったと思います。

ただ・・・息子はとにかく勉強しませんでした。
なにしろ集中力がない、常に眠い、ぼんやりしている、という息子です。
小学校の通知表もテストもひどいものでした。
日能研でのテストもどんどんと下降していき・・・6年の12月の全国公開模試では偏差値41にまで下がっていました。
正直「もうだめだ、日能研で何やっているんだろう?ちゃんと勉強しているのかしら?」と長い間モヤモヤしていました。
本気スイッチを入れるために何度も何度も親子で衝突しました。
「もう日能研辞めていいよ、勉強しないなら!」←この台詞を何度叫んだことでしょう・・・。
算数がとにかくわからない・・・でも恥ずかしくて質問できない・・・そんな息子に質問しなさーい!と言い続け、夏期講習のテキストの共通問題を一緒に頑張りました。

息子をやる気にさせようと、とにかく頑張りました・・・。
親の心、子知らず、語るも涙、聞くも涙の物語です。
頑張る親の背中を見せれば息子も変わってくれるだろうと国家資格を2つ取りました。
「ママも頑張るからお前も頑張れ!」息子5年生の時です。
でも、いくら親が頑張っても子供のやる気スイッチには届きませんでした(涙)
今思うのは結局親にいくらやる気があったところで、本人にやる気がなければダメということです。

日能研からT中学が自主自立を目指す息子の性格に合うのでは、と勧められ、文化祭や説明会に足を運び、息子はすっかりその学校に憧れるようになりました。
日特は立川校まで毎週通いました。
私も学校周辺の街並みがすっかり気に入り、目指せ、T中学、という気持ちになっていました。

ただ・・・一方でT中学とは全く校風が違うS学園も気になっていました。全国公開模試の会場だったS学園。
説明会に参加し、厳しいけれど温もりを感じさせる雰囲気に、なんとなくですが息子がピンときてしまったのです。
「教室にテレビが二つあってさ、いいよね。」
空手を小学1年からやっている息子は、空手部が強いということにも縁を感じていたようです。

T中学もS学園も同じ位の偏差値です。
偏差値40台の息子にはとても無理なレベルです。

受験する学校、第一志望、第二志望がうやむやなまま、1月受験を迎えてしまいました。
ここで大事件が起こりました。1/10のことです。
その日は午前と午後で2校受験予定でした。
ところが、朝、息子が行方不明になってしまったのです。
受験当日、息子はガチガチに緊張していたんだと思います。
親がテーブルの上に用意しておいた受験票を息子がどこかに置いて忘れてしまい、探した結果、見つかったのですが、主人や私に怒られてしまった息子は泣きながら飛び出してしまったのです。
1時間探しても見つからず、警察に届けました。その時、私はもう中学受験はやめようと思いました。
生きていてさえくれればいい、そう思いました。
息子は駅方面をふらふらしているのを発見され、私達は警察で対面しました。
息子は俯いていました。主人が明るく問いかけました。「どこ行っていたんだ、お前。」
息子は答えず硬い表情のままでした。私は日能研に相談し、息子を日能研に連れて行きました。
事情を話していたので、日能研では普段通りに息子を迎え入れてくれました。
そうして午後受験予定の学校の過去問をさせてくれました。
1時間半後に迎えに行きました。
「D君、午後受験すると言っていますよ。」
過去問を解いた後の息子の表情は、すっかり元通りの明るい顔になっていました。

1/10、午後受験の学校は合格しました。
合格したことで息子は有頂天になっていました。
その1週間後の1/16に得点開示の学校は不合格でした。
元々、そこは高望みの学校だったのですが、得点を見ると理科と社会以外は平均点に届いていました。

1月受験はもうそこで予定終了だったのですが、私はもう一校受けさせたくなっていました。
本人に自信をつけさせたかったのです。
「どうする?もう一校受けてみようか?」
私が提案すると息子は「うん!」と明るく頷きました。
日能研にも相談して、第一志望の偏差値に近い学校を受験することにしました。
そこは偏差値54。絶対ダメな学校。
ところがこれが合格したのです。
本人も周りも皆びっくり。そして、ようやくようやくここから息子のやる気スイッチが入り始めました。
1/26のことでした。

1週間後、とうとうT中学の受験を迎えました。
2/1、T中学。本人コメント「算数、難しかった。」結果不合格。(相当落ち込んでいました。)
2/1午後、本人的には抑えの学校。本人コメント「簡単だった。」結果合格。
2/2、再度T中学受験。本人コメント「悔いはない。落ちても全力を尽くしたから。」結果不合格。
  (落ち込んだが、アドレナリンが分泌されている感じで高揚していた。)
2/2午後、H中受験。本人コメント「全然ダメだった」結果不合格。
2/3、M中学。朝行くと、信頼している日能研の人がいるー!息子、これにはテンションが上がりました。
固い握手をして受験会場へ。とても明るい表情でした。
受験後本人コメント「時間が余ったから丁寧な字に書きなおしてみた。」結果合格。
2/3午後、T大学中。本人コメント「できたと思うけど、1問難しかったなぁ。」結果不合格。

この時点でM中学に行く意思がありました。
偏差値的にはM中学だって、偏差値40台前半の息子には高望みな学校だったのです。
それが合格だったのですから。

M中は息子も主人も納得の学校でした。
何しろ在校生がキチンとした印象で、先生も説明会の時に娘に話しかけてくださって「2年後来てね。」と言ってくださったところだったのです。
その夜合格祝いで、家族で息子の大好きなステーキを食べに行きました。

2/4はS学園とE中を申し込み済でした。どちらも受験できる状態です。
息子はS学園に挑戦したい、とはっきりとした気持ちがありました。
E中も良い学校です。説明会に行き、息子もその伸び伸びとした雰囲気を知っています。
それでもS学園に挑戦したい決意は固かったです。
S学園への挑戦は、M中に合格をいただいていたからできたことでした。

S学園受験後の息子のコメント「手ごたえがあった。算数できた。」
(息子は苦手な算数で試験の出来不出来を判断する傾向があると、この時思い知りました。)

2/4、合格ホットラインではS学園はネット発表が30分早かったとの情報があったので、
7時発表のところを6時半にアクセスしてみました。

結果・・・息子の番号がありました。

信じられませんでした。息子も「ほんと?」と。
何度も何度も確認し、家族で喜びました。
翌日、入学手続きに行くと、校長先生が出迎えてくださいました。
ガードマンさんからも「おめでとう。」と言葉をもらい、
あ~・・・これで終わったのだ・・・と安堵したのを覚えています。

中学受験を終えて、息子は一回りたくましくなりました。
日能研のスタッフの方々には、良い経験をさせてくださり感謝の思いでいっぱいです。
息子は中学受験が終わった今、ようやく本気スイッチが全開で入ったかのように勉強しています。
「このやる気がもっと早くあったらなぁ」と笑うと、「それを言ってくれるなよー」と照れ臭そうに笑う息子がいます。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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