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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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兄弟3人、それぞれの受験

  • 年度:2019
  • 性別:女子
  • 執筆者:
2009年に4年生の長男が日能研にお世話になり、次男、長女と2012年まで日能研にはお世話になりました。

長男は真面目な性格で、漢字計算から教科書のふり返り、栄冠への道は徹底してやりこむなどしたせいか、成績はよく、難関校日特に入れるくらいの成績でした。
ただ、私から見れば初めての子、初めての受験で、常に「まだ足りないのではないか?」という思いから、息子にも「もっともっと」とせかしていたんだと思います。
長男は受験本番でも次々に合格を勝ち取りましたが、本人はその中でも一番レベルの低い学校に行きたいと主張。
本人曰「その学校に行きたくて勉強してきた、他の学校はお母さんに言われたから受けただけ」と・・。
結局は長男の熱意に負け、泣く泣く他を断りましたが、長男はその後6年間素晴らしい学生生活を送りました。

続く次男は長男とは真逆で、漢字などコツコツやるのは大嫌い、社会などの暗記物も好きじゃないからやらないという性格。もちろん成績もひどいものでした。
怒ってもおだてても、もので釣っても持続性はなく、何度も受験をあきらめようと思ったほどです。
でも、その時に長男の保護者会である算数の先生が「真面目にやらない、すぐにふざける子、でもそれがその子なんだと受け入れることが必要」と言っていたのを思い出し、せかすことをやめ、得意な算数と理科を本人がやるままに任せました。
「国語と社会をやりなさい!」と言いたいのをぐっとこらえる毎日でした。

6年の夏休みが終わるころ、自分の平均偏差値を下げているのが国語と社会であると徐々に気が付き、自然とやり始め、成績は上がりましたがそれまでにさぼったつけは大きく、第一志望は不合格、2日目、3日目に受けた学校も不合格、4日目でようやく合格が取れました。
不合格でも飄々としていたかにみえた次男でしたが、後に「自分の番号がないということが最初は意外で、だんだんショックに変わり、4日目の試験は手が震えた」そうです。

最後は長女です。女の子だから体力がなく、日能研に通うので精一杯。
自分の成績にも無頓着で偏差値は45にいけばいいほうでした。楽観的な性格の長女は焦ることもありません。毎日少しの課題を出し、言いたいことはぐっと我慢。
6年の12月頃から過去問題を始めましたが、そのころからメキメキとやる気を発揮し、第一志望に一回目に合格しました。
先生にも「1日目は無理でも2日目に合格をとれるように」と言われ不合格を覚悟していたのでびっくりでした。

3人の受験を通し思うのは、子供には個性があり、親の個性をぶつけてもダメなんだということです。
そして、特に、長男次男のその後を見ると、どの学校に行くかよりも、その学校でどういう風に過ごしたか、そのためにはその学校に誇りをもって行ったかどうかなんだと思います。
小学校の時には兄の足元にも及ばない成績の次男は、一橋大学に通う長男に負けず劣らずになりつつあります。
これから中学生になる長女も、ここは単なる通過点、素晴らしい学生生活をおくってほしいと思っています。

最後に日能研の先生方へ・・、本当に感謝しています。
子供たちが大きくなっても、私は何度も3人の受験のころを思い返すでしょう。そして苦しかったこともすべて幸せの一部だったと思い返しているだろうと思います。
長い間、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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