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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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日能研が心の支えになった

努力はやっぱり報われる

  • 年度:2020
  • 性別:男子
  • 執筆者:
2月からの本番試験に先立って、本命の開智日本橋学園の姉妹校である埼玉の開智中学を1月10日から3日間にわたり受験しました。
結果、受験前には思ってもみなかった先端クラスに合格し(合計3回受験し、うち2回が先端クラスでの合格)、本人は意気揚々としながら2月を迎えました。

2月初日、開智日本橋の午前と午後の入試に挑み、午後の特待は不合格となるものの、午前のLC(一般)クラスに無事合格。
ただ、目指すのはDLC(デュアルランゲージ)クラス、もしくは、我が家の経済的な面を考慮しての特待生での合格なので、2日以降の試験も気を緩めることなく、挑み続けました。
この時点では、今までの日能研全国公開模試試験の結果から踏まえても、どちらも合格圏内に十分入っており、何度かの試験結果から、ほぼ確実に通ると信じきっていました。

しかしながら、2日午後の試験ではLCクラスすら受かることなく不合格となり、若干気を落としながらも迎えた3日に挑んだのは、午前は都立白鷗高校付属中学、午後は4度目の挑戦となる開智日本橋。
都立白鷗については、調査書の点数が芳しくなかったこと、また、息子曰く、テストの出来がイマイチであったことから、家族一同ほぼ諦め状態にあり、午後の試験に集中する様、促しながらの受験となりました。
そして、午後の試験でも結果は不合格・・・
ネットで結果を見た瞬間、息子は落胆した様子で「えー」と一言漏らした後は言葉少なくなり、しばらく経って妻の方から「明日(最終日)の試験どうする?」と聞かれ、「受けたくない」と言って、そのまま黙り込んでしまいました。

やや重苦しい雰囲気の中、中学受験をする為に4年生まで続けたサッカークラブを辞め、息子自らが勉強に専念したいと言って日能研に通い始めた頃から今に至るまでの約2年間を思い起こしながら、意を決し、息子に対して「中学受験に挑むと言って、ここまで頑張ってきたのだから、受かっても受からなくても結果はどうなっても良いので、お前の努力の証として最後までやり抜け!」と語気を強めながら言い放つと、しばらく息子は黙っていたものの、寝床に入るなり号泣、寝付くまでの1時間ずっと泣きっぱなしでした。

翌日の試験は午前、準備もままならないままの就寝だったので、忘れ物など無いかNバッグの中を確認すると、内ポケットの中にビニールのカード入れに紙が折り畳まれた状態で入れられているのを見つけました。
紙を広げて確認すると、それは、最も成績が良かった昨年12月の日能研全国公開模試の結果表で、開智日本橋の志望者中の順位が全体の2番だった時のもの。
きっとお守り代わりとしてバッグに入れてあるのだろう、と思い、明日の試験は報われて欲しいな、と願いつつ翌朝を迎えました。

翌日4日の早朝、気落ちした状態の息子と妻を最寄り駅まで送ってから会社へ出勤。
仕事中もそわそわしながら、しばしばLINEで息子の様子を妻に確認し、午後4時前にネットで試験結果を確認すると、何とかLCクラスに合格。
ホッとため息をついて、帰宅後、息子に対し「よく頑張ったなぁ」と労いの言葉をかけました。

都立白鷗の結果は9日の土曜日、その結果を受けて、最終進学先を確定するのですが、どうやら息子としては、進学実績も文句なしの開智中学先端クラスに進学したい模様。
ただ、同校に1時間以内で通える地域への引越しは、家族全員の通勤や通学を鑑みると、かなり厳しい決断となる為、都立発表までの間、息子を開智日本橋へ誘導する様、やんわりと同校の魅力について語る日々が続きました。

そしていよいよ都立白鷗の発表の日、結果公開時間の午前9時となり、きっと受かってないだろう、と言う気持ちが大半を占める中でようやく繋がったホームページ内の結果発表を見ると・・・

そこには、まぎれもなく息子の受検番号が!
その瞬間、パソコンデスクを前にして私は「あったー!!」と声高々に発すると共に、妻の目からは涙が溢れ・・・、息子に至っては何が起こったのか分からない様子。
そして妻は堰を切ったように涙を流しながら息子を抱きしめ、「よく頑張ったねぇ」と絞り出す様に声をかけると、息子の目にもようやく涙が浮かんできました。
妻はその泣き崩れた状態のまま義母に電話を掛け、「受かってた、受かってた!」と嗚咽交じりで伝えるのですが、受話器の向こうの義母は「ちょっと落ち着いて」とたしなめる始末。

ともあれ、ゆっくりと土曜の朝を過ごしている場合ではないと言うことで、息子と妻と3人、合格者番号掲示板をこの眼で確かめ、そして、入学手続きを行うべく、急いで都立白鷗へと向かいました。

数多の中学受験に挑んだ家族のドラマの中のほんの1家族の出来事に過ぎませんが、少なくても私たち家族の中では、特にこの1ヶ月の間は夢の中にいるような日々を過ごして来ました。
今までお世話になった日能研のスタッフの方々、受験を後押ししてくれた学校の担任の先生に改めて感謝の意を示したいと思います。
どうもありがとうございました。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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