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親と子の栄冠ドラマ -中学入試体験記-

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日能研が心の支えになった

諦めずにがんばる

  • 年度:2017
  • 性別:男子
  • 執筆者:
「合格して親孝行しないとね。」
と、応援場所から学校へと向かう歩道を並んで歩いているとき、息子がポツリと言いました。
それがちょうど、息子の生まれた病院の前だったこともあって、こんなこと言うようになって・・・と息子の成長に胸が熱くなりました。
「こうやって麻布の列の中まで連れてきてくれたから、もうホント親孝行だし・・・やれるだけやっといで!」とわりとおおらかな気持ちで返事をしました。

学校の門まであと数メートルのところで呼び止められました。
日能研のビデオクルーの人かと思ったら、テレビ局でした。「インタビューよろしいですか?」と。
さすが麻布!民放のテレビ局がいくつか来ている。
「今日のこの入試にむけて、どのように取り組んできましたか?」とか、「今日の気持ちは?」とかを聞かれ、息子はじっくり考えて、緊張しながらもしっかり答えていました。
その姿を横で見ていて、こんなに立派に自分の考えを答えられるんだからきっと大丈夫だろう、記述の問題をなかなか書けなくて、麻布の受験を何度も諦めかけたけど、ここまで成長したんだなぁと胸がまた熱くなりました。
(結局、昼のニュース、夕方のニュースにも息子の姿は欠片も放送されませんでした。残念)

6年生に進級したすぐの頃、息子の成績は教室の男子で上から2番目。
教室の合格短冊を見ると例年男子の上位2人ぐらいは麻布に合格していることもあって、それなら男子御三家目指してみようか?と安易な気持ちでした。

息子は社会が得意。理算はまあまあ。国語が苦手。
特に記述問題は解答用紙がスッカスカなほど書けませんでした。
日能研の先生は「最後まで伸びます」「麻布日特の最初と最後のほうではこんなに違います」
「ちゃんと書けていることもあるので、心配はない」とたくさん励ましてくださいました。

秋になって、過去問に取り組み始めると、得意な社会も記述だと手が止まってしまいます。
麻布はとにかく書けないと!と、苦手な国語をどうにかしないとマズイと焦りました。
家庭教師を探そうか?国語だけどこかで個別指導をしてもらおうかと、あわてて資料集めやネット検索をしました。
よくわからず決めかねたので、まずはユリウスに相談に行きました。
相談の結果、「国語は日能研の方で大丈夫と言っています。それより算数を強化しましょう。」とのことでした。

11月から週2コマ、ユリウスで算数の図形問題を主に勉強し始めました。
国語は家庭でテストでの物語の記述問題を中心にふり返りをしたり、本科の巻末に載っている漢字や慣用句をコツコツ進めました。
しかしながら年末になっても息子の国語の成績はイマイチ。
最後の公開模試でもファイナル256でも国語の記述は×が多い。このまま頑張っても、麻布なんて記念受験になってしまいそう。
だったら2月1日は早稲田(海城も推しましたが、息子は早稲田がよかったそうです)にしようか?いつまでも書けそうにない記述対策に時間を割いていたら、どこにも合格できないのではないかとどんどん不安になりました。

年明けすぐに日能研に相談に行くと、国語の先生に、国語の記述は書けるようになってきているから大丈夫!と激励され(麻布を諦めるなと説得され)、受験生をこれまで何十年も送り出してきた塾のベテラン先生がそう言うのならそうなんだろうと、ちょっとモヤモヤしつつも信じようと思いました。
それでもやっぱり気が変わった時のために2月1日は麻布と早稲田(1)のダブル出願をしました。

1月の千葉受験の後、過去問の合否状況を見ると麻布も早稲田も五分五分。
合格最低点と自分の得点差を見ると早稲田のほうが厳しい状況でした。
そのせいなのか、日能研の先生方が「麻布、受けるんだよね?ガンバレ!」と声掛けをしてくださったからなのか、「2月1日は麻布受ける。だって麻布は一生に一回しか受けられないんだよ」と。息子がこう決心したのは1月27日でした。

1月30日、31日に去年の麻布の過去問(有料で購入したもの)をやってみたら、解答欄がびっちり埋まっていたし、4科の合格点もクリアできていました。
麻布は解答用紙が2~3枚になるので、それぞれに名前を書くのを忘れないようにすることや、紙の感触なども知ることができたので、実物の解答用紙を手に入れておくのはベターだと思いました。
算数もユリウスに通って力がついたのが目に見えてわかったし、理科も苦手分野は見直した、
ここまできたら、あとは縁があるかないかだけのような気がしました。

息子が受験した学校で唯一、お弁当を持っての午後までの試験。
問題が難しくて途中で気持ちが折れて諦めてしまっていないか心配でした。
試験終了後、再開した息子は「やりきった」顔をしていて、目の奥にも不安さがなかったので、よくやった!と思いました。これで合格じゃなくても、あれだけやっても届かなかったのだと納得はできる。麻布はそれだけ難関校だった、と。

2月3日の早稲田(2)の試験の後、昼食を食べ麻布の合格発表へ。
14:50頃学校へ向かって歩いていくと、すでに発表を見終えて帰ってくる親子とすれ違う。
もう運命が決まっているのだと思いドキドキしました。
会場に入り、見上げた掲示板。受験番号が最後の方だったので、
一番最後のボードを上から見ていくと
「あった!」
と息子が叫び、瞬間、親子三人、笑顔で抱き合いました。

2月1日の志望校、諦めなくてよかった。日能研の先生たちの言葉を心から感謝しました。

迷ったとき、スランプの時は日能研に相談し、受験のプロのアドバイスを素直に聞くのが合格への確かな道だったと、受験を終えた今、しみじみと思いました。
今後も寄せられたドラマを、各カテゴリーに随時アップしていきます。
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