参勤交代についての説明や、江戸の人口が100万人を超えていたことは、小学校の教科書にも書かれています。しかし、この2つのことがらは関連して書かれているわけではなく、別々のことがらとして切り離されています。
この問題では、小学生にとって無理のない題材を取り上げながらも、小学校の教科書のように「参勤交代」と「江戸時代の人口」を別々のものとして聞くのではなく、関連づけてたずねています。受験生の知識の多さを求めているのではなく、知識を結びつけて考える力、さらには考えたことを自分のことばでわかりやすく伝える力を試した良問だと感じました。
このような理由から、日能研ではこの問題を□○シリーズに選ぶことに致しました。
参勤交代についての説明や、江戸の人口が100万人を超えていたことは、小学校の教科書にも書かれています。しかし、この2つのことがらは関連して書かれているわけではなく、別々のことがらとして切り離されています。
この問題では、小学生にとって無理のない題材を取り上げながらも、小学校の教科書のように「参勤交代」と「江戸時代の人口」を別々のものとして聞くのではなく、関連づけてたずねています。受験生の知識の多さを求めているのではなく、知識を結びつけて考える力、さらには考えたことを自分のことばでわかりやすく伝える力を試した良問だと感じました。
このような理由から、日能研ではこの問題を□○シリーズに選ぶことに致しました。
日能研による解答と解説
全国の大名の屋敷が江戸に建てられ、大名とその家族だけでなく、多くの家臣たちも住むようになったので、江戸の人口が増えた。
1635年、江戸幕府3代将軍徳川家光は参勤交代の制度を定め、大名が1年おきに江戸と領地(藩)とを行き来し、大名の妻や子は人質として江戸に住まわせることにしました。そのため江戸には全国の大名の屋敷が建てられ、それらの家臣たちも江戸に居住しました。江戸の人口は100万人を超えていましたが、その約半数は武家人口でした。