
日本女子大学附属中の社会におけるアドミッション・ポリシーを聞いてみました。
「地図を載せているのに使えていなかった」
澤先生 以前の問題で、大阪市~横浜市や、仙台市~名古屋市まで直線を引き、どの県をまたぐか、距離感覚を考える問題を出しました。その時、大問の1番最初、歴史の問題中に日本地図を提示し、この問題でも参考に使えるようにしました。問題文中に「解答する際には問1の大きな地図を参考にすること」という一文を入れましたが、出題の会議では、一文を入れるかどうか、議論になりました。
地図を使えばある程度、推量できますよね。
澤先生 そうです。日本地図をここへ載せたら平均が上がるのではないかとか。議論しました。実際には地図を使っていない受験生もおり、できはよくなかったです。
知識ではなく、頭の中の地図を使えるかどうかなんです。隣り合った都道府県を意識して、大阪から兵庫、岡山、広島、山口・・・ と受験生が頭の中で描けるかどうか。それがおさえられなくて、岡山と広島が逆になるというケースがありました。
社会科/澤 達大先生
「地理をおもしろくするコツは平凡の中にいかに非凡を見つけさせるか」
澤先生 休みに旅行で志賀高原に行ってきました。その帰りに長野道から安曇野の景色を見ている時に、ふと考えたのですが、周囲に山がそびえ立っていると、山の向こう側はどうなっているのかなって、こんな景色を毎日見ていたら住んでいる人は知りたがるだろうなと。地理の根本ってそもそもそういう発想にあるのではないかと。普段、関東地方に住む我々って、あまり山と接していないじゃないですか。そういう景色を見ていない受験生にとっては、山地・山脈名を単純に覚えるのは、とても機械的なことだろうと思いました。地理が好きな子は、「この場所はどうなっているのかな」とか、「どんな人が住んでいるのかな」とか、「どんなものを食べているのかな」とか、旅行をしているように想像しながら地図を見ていると思います。そういう地理的想像力が欠けてしまうと、地理はおもしろくなくなってしまうのだろうなと思います。
国澤先生 よく社会科の授業では「疑問をもって取り組みなさい」と言うのですが、疑問だけでなくてもいいと思うのですよ。「なんでも見ろ」ということだと思います。
実は私、大学では歴史を勉強しようと思っていたのですが、入学後に地理専攻に変わりました。きっかけは、フィールドワークです。大学教授がいろんなところへ連れて行ってくれて説明してくれるのですが、それがあまりにも単純なことでした。歩きながら「この野菜、なんだ?」とか、「なぜ、ここに木が生えているの?」とか。「なぜそんなことを聞くのか?」と思ったのですが、確かにそれはわからないなと。それは日々見過ごしている、あるいは見ていても意識していないことが多すぎてわからないのだなと思ったのです。
指導教諭には、「一番楽しいのは平凡の中にいかに非凡を見つけるか」だと教えられました。最初から非凡なものを与えても、生徒は遠いものだと思ってしまう。日々の平凡な生活の中に「あれっ?」と気づくものがあったほうが絶対おもしろいと思います。
歴史にもそれはあるのでしょうけど、地理は実際に生活している空間のことなので、それを生徒が気づけるように教える際に心がけることが大切だと教わりました。見る目があればあるほど、地理のおもしろさは増していくのだと思います。
「大人になれば楽しい地理。それを見据えての授業を模索」
国澤先生 先ほど、生徒を鎌倉へ連れて行ったと言いましたが、1回行ったことのある人こそ行ってほしいと思います。そうしたら小学生の時に見たことと、中学生になって、鎌倉時代のことを学んで改めて見るのとでは、同じものを見ても違うと思います。
ただ、そこでジレンマに陥るのは、「大人になれば楽しいのだけど」ということ。大人になり、いろいろなところを旅行して、いろいろな経験をしていくと、社会科の学習がすごく楽しいと感じる方が多いみたいです。そこを見据えて、では中学生に何を教えるのかというと、1つは、中学生だからこそ土台をしっかり、覚えるべきことは覚えようということです。それと、知る楽しさや、「なるほど、そういうことか」という印象に残ることをいかに多く与えていくかということです。それは両極にあるようなところがあるので、どうバランスを取りながらやっていくかということを悩みながら授業をしています。
日本女子大の生徒さんは、自分がおもしろいなと思えば食いついてくるような気がしますが。
国澤先生 その食いつきをどう伸ばしてあげるかということですね。カリキュラムが組んである中で、それを全部拾い上げて・・・というのは難しいです。例えば、夏休みなどを使って、伸びる子をどんどん伸ばそう という課題の出し方も検討する余地はあるかと思います。
「授業もなるべく文字からスタートしたくないから・・・」
澤先生 日々の授業を考える時もテストを作る時も、スタートは似ているのではないかと思います。あるTV番組でタモリさんが地図を見ながら表参道を歩いていて、「ここがこうで、あそこがああだよね」という街探検のようなことをやっていました。生徒もそういうことからスタートできれば、知識の広がりはいくらでもあるのですが、時間的な制約を考えると、それをカリキュラムに組み込むにはどうすればいいかと考えてしまいます。
國澤先生 普段の授業で、最初に大きな写真を出して、そこから授業を進めることようにできればいいなと思っています。実際に目で見たものは生徒にとって印象が大きいので、そういう象徴するものが出て、そこから話を広げていければいいだろうなと。
澤先生 生徒に教えるときは、なるべく字面から入りたくありません。スタートが文字だと生徒はすぐに覚えようとしてイメージをふくらませることが出来ません。そういうことを打開したいと思っています。
「範囲のある定期テストで、総合的な結びつきを問うのは難しい」
澤先生 性質上、定期テスト自体も字面が先行してしまいます。
以前、地理の定期テストで、地図を出さずに、本校の校舎が小田急線の線路の北にあるのか南にあるのかという問題を出しました。
授業では学校周辺の地図は配るものの、特別にそういう話をしていません。ただ、生徒は授業の中で、地図が与えられると、「ここで歩道橋を渡って・・・」とか、「このカーブはあの部分だ・・・」とか、毎日の通学路を歩く実際の感覚を頼りに想像力を働かせながら地図を見る、その力を試そうとしたのです。そのような「想像の操作」をした生徒は出来るのですが、授業でやったことを覚えるだけの生徒は答えられません。
一問一答式のように覚えたから出来る問題がペーパーテストでは主になりますが、地理的想像力を試す問題を作ることが大事なのではないかと思います。
國澤先生 入試では総合力は問いやすいと思います。定期テストは範囲が決まっていて、その内容を確認していくテストなので、やり方に限界があるのかなと思います。
2年生は東北に校外授業に行くのですが、その時の定期テストでは、日ごろと違って東北で見聞きしてきたものを出題できます。以前出題したのは、「何月何日に出発しました。朝日がまぶしかったです。朝日は新幹線のどちらから入ってきたでしょう」という問題。そのように聞けると、定期テストであっても総合的な結びつきを問うことが出来ると思います。
社会科/國澤 恒久先生
「もっともっと教科書を見てもいいと思う」
澤先生 最近、地理の世界で問題になっているのは、大学で専攻した先生が少ないことです。だから中高で地理をおもしろく教えられないのではというのが学会などでも問題になっています。それも多少は問題作りに影響を及ぼしているかもしれません。
だからといって、地理を専攻していない先生の授業はおもしろくないかというと、それはそれで視点の違うおもしろい授業をやっている方もいらっしゃるから、一概にはなんともいえないのですが・・・。
國澤先生 本校の入試問題は、小学校の教科書をしっかり見てその範囲の中から出題します。昔と比べると、小学校の教科書は写真やグラフなど、本当にカラフルになっています。見ていると「これ、なあに?」と、掘り下げていけばおもしろい資料がたくさんあるので、もっともっと教科書を見てもいいのではないかと思います。
今の教科書って、文字が少なくなっているという批判はありますけれども、それはそれで使い方があるのではないかなと思います。授業では導入として使い、内容をふくらませるためにプリントを使って説明すれば、かえって使いやすいものかもしれません。本校では、教科書はほとんど資料集と化しています。
インタビュー 3/3

創立以来、建学の精神を「信念徹底・自発創生・共同奉仕」の三大綱領に示し、生徒の個性を尊重し、創造性を豊かにし、高い徳性を養うことを目指している。「自ら考え、学び、行動する姿勢を育てる」ことを重視しているだけあって、生徒たちは学習に積極的に取り組み、問題解決能力を身につけていく。一人ひとりが主役となり、全員で学校生活を作り上げているため、校風も伸びやかで明るい。