
西武学園文理中の国語におけるアドミッション・ポリシーを聞いてみました。
「中1は言葉遊びを楽しむ」
中1で大切にしているのは、とにかく楽しむことです。“言葉遊び”のような感覚で、詩であれば音読します。グループで読み合い、上手な生徒に発表してもらいます。そして、図書館で同じ詩人の他のおもしろそうな詩を探します。次に同じテーマの詩を探し読み比べます。1つの詩をきっかけに、どんどん興味を広げていきます。小説を読んだら、脇役を主人公にしてストーリーを書き換えたりもします。これは、どこまで楽しめるかの挑戦でもあります。中高一貫という余裕があればこそできる取り組みでしょう。生徒は遊び感覚で楽しんでいますよ。
今の中2が中1のときは、新聞を3本作らせ、調べ作業を含む発表授業を行いました。まず4月は「自分新聞」。新しい友達に自分のことを知ってもらえるような新聞作成に取り組みました。また、この新聞を作ることは改めて自分自身を見つめ直す事にも繋がりました。次に11月は「故事成語新聞」。授業で「矛盾」を扱ったことをきっかけに、クラスの人数分の故事成語に触れることができました。1月は書写の指導も兼ねて、1人1冊ずつ好きな本の紹介(POP作り)をさせ、それに、その本の中で自分の気に入った箇所を自分でレイアウトさせ、書写の本のお手本を見ながら、丁寧に作品へと仕上げました。2~3月は宮沢賢治の作品・作家論をグループ発表しました。高校に入ってから高入生と比較した時、中高一貫生の方が表現することが好きなように思えます。書くこと、発表することに抵抗がありません。
一貫生は何を書いたらいいかわからないから書けないということは、あまりないと思います。
中1では、体験の場を通して、数多くの興味の“点”を打っておきたい。学年が上がるにしたがって、その点がつながって“線”になり、さらには“面”になればいいと思っています。
国語科教科長/瀬戸富美子先生
「図書館の本の並びに注目してみよう」
短歌・俳句の授業では、関連する作品を調べるなど調べ学習を行います。最近はインターネットで調べる生徒が多いのですが、関連資料が図書館のどの棚に並んでいるか、本の並びを見せたいので、図書館に行って目的の本を探してもらいます。
図書館に行くと、『万葉集』や『平家物語』などの古文の全集の背表紙に、「高1・古典教材」といった帯が巻かれています。授業でいつ学習するのか、生徒が一目でわかるように、手に取りやすいように司書が工夫してくれています。
授業で興味をもてば、教科書に載っている最初の部分だけでなく、その続きも読みたいと思って本を借りる生徒もいます。本を探しているとき、目的の本の近くの別の本に興味をもてば、次はそれを借りるかもしれない。図書館でそうした好循環をつくることができればいいですね。
「“よいこと”(=正しいこと)を書こうとしなくていい」
国語の評価で大切にしているのは、現代文であれば自分の言葉で書けることです。真に理解していなければ自分の言葉では書けません。何が書かれているかわかった、教員の説明もわかった。けれど、自分の言葉でなかなか書くことはできない。そこには、「書く」という行為に対して“よいこと”を書くべきだという思いの強さと、“正解”を書きたいという構えがあるようです。考え方に“正解”というものはないはずですが、「書きなさい」と言われると、表現の楽しさではなく、そこで、自分が何かしら評価される不安を感じているのかもしれません。
自信をもって意見を言うためには、それだけ自分に「こうだ」という考えがなければ、それらしいことは書けません。「正解」や「評価」から離れたところに「自分の本音」があるのです。そのことに気づいて、もう一度世界を眺め、「表現」という、アクションを起こしてくれればと思っています。
国語科/高田裕二先生
「仲間同士の添削で、等身大の文章に変身」
哲学や小説などの考え感じとる教材での小論文は、教員に提出する前に生徒同士で添削し合うようにしています。教員に直接提出すると、生徒は“よいこと”しか書きません。そうした文章は、ふだん学校生活を共にしている仲間が読めば、本人の内側から出てきた言葉ではないことは明白で、鋭い指摘が飛んできます。生徒にとっては教員の指摘よりもハッとさせられるのではないでしょうか。
同世代が目を通すことで生徒の文章はガラリと変わります。よいことを書かなければという壁が崩れ、気負わない文章になります。それを繰り返していくと中には名前を見なくても、文章を読めばだれが書いたかわかるような個性的なものもでてきます。
「語りすぎない文章から読み取る力をつけたい」
また、ジャンルを問わずいろいろな文章を読める力を身につけてもらいたいと思っています。それは、さまざまな知識を受け入れる力ともいえます。評論といっても、最近は国語の枠を超えた内容が多くなっています。「主観を重視する」という国語のイメージを、むしろ「客観的なもの」と変えないと難しいのですが、初めて目にする知識や概念も受け入れられるようになってほしい。大学では総合的な学問を学びますから、高校ではその下地をつくりたいと思っています。
ふだんからいろいろなジャンルに触れられるように、授業では教科書から派生してほかの書籍を紹介しています。躊躇しがちな論説も新書なら読みやすいので、新書を導入として硬派な分野も読んでいきます。
多様なジャンルの文章に触れることで、生徒には“大きな世界”を見てほしいですね。
これまでは伝えることを重視していましたが、語りすぎない文章から読み取る力も大切にしたいと思っています。これは最近の入試問題で昔の作家の作品を取り上げていることに通じますが、本来、日本人には、そうした能力が備わっていると思います。一を聞いて十を知る、相手の気持ちを思いやるということもそうでしょう。
「はっきり言ってくれないとわからない」ではなく、はっきり言わなくても「こうかもしれない」と思いを巡らせる。そんな思考体験を積み重ねてもらいたいと思っています。
「相対的な自己が小さくなるくらい、世界を広げよう」
読書離れと言われますが、本校の生徒を見るとそうでもないように思えます。入学したばかりの中1に聞いてみると、月に5冊以上読んでいる生徒は、クラス35人中、7、8人(約20%)いますし、3冊以上で半数以上、1冊も読まない生徒はほとんどいませんでした。
本を読むことで新しい知識が身についていきます。知識が増えていくと自分が大きくなっていくように思うでしょう。ところが、知れば知るほど知らない世界の大きさに気づいて、自分の存在がどんどん小さくなっていくのです。高校生には「相対的な自己を小さくしなさい」と言っています。どれだけ自分が小さくなれるか、すなわち世界をどれだけ広げられるか。生徒には広い世界を知って自分の位置を俯瞰できるようになってもらいたいですね。
インタビュー 3/3

栄養士、臨床検査技師などの専門学校を系列にもつ西武学園が1981(昭和56)年に高等学校を開設。93(平成5)年には満を持して中学校を開設。短期間で東大などの難関大学に合格者を輩出するほどの進学校として成長してきた。2004(平成16)年には小学校も開校。
緑あふれる武蔵野の台地、入間川のほとりの恵まれた自然環境のなかに、レンガタイル貼りの校舎が建つ。中学校舎は「銀河館」、高校は「大志館」「躍動館」など、建物ごとに名称がついている。多目的ホール、総合学習センター、情報館(I・I・YOU館)、LL教室など施設は充実している。キャンパスのあちこちに彫刻作品が飾られている。
「誠実・信頼・奉仕」を校訓とし、中高一貫教育をとおして、全員が難関大学に進学することができるような教育を行うとともに、より豊かで幅広い教養を身につけ、地球規模で物事を考え世界で活躍することができる“真のレディー&ジェントルマン”の育成を目指す。シンボルマークは熊(BEAR)で、これには英語の「耐える」という意味も込められている。
外進生とはクラスがまったく混合しない中高一貫の英才教育を実施。中1から少数精鋭の特別選抜クラスを2クラス設置(毎年入れ替えあり)。普通クラスでも、英・数の習熟度別授業、0時限の確認テスト、理科実験の2人1組での指導など、密度の濃い授業で生徒の向学心を引き出している。高1から学力別クラス編成で、高2で文系・理系に分かれ、高2までに中高6年間の内容を修了、高3は大学入試実践力の養成に専念する。基礎学力の定着に英検、漢検などを活用。読書も重視し、中学3年間で50冊読むことを目標とする。東大、早慶上智大など難関大学への現役進学率は好結果が続き、医歯薬学部への合格者も増加。
国際教育が盛んで、中3でイタリア、高2でオーストラリアを訪れる海外研修旅行、中2で奈良・京都研修旅行があるほか、アメリカでの短期語学研修、ネイティブスピーカーと寝食をともにする高1のイングリッシュ・サマーキャンプとメニューは多彩。高中1で科学技術館や水族館、中2で古都鎌倉の名所旧跡を見学する。中1・中2の夏休みに、クラスの友人の家を互いに訪問する「国内ホームステイ」、校長先生を囲んでの毎月の誕生会もユニーク。奇術研究会が南京玉すだれなどの古典芸能に挑戦するのをはじめ、体育系の中国武術、ライフル射撃などの他校には少ないクラブ活動も盛ん。毎週土曜日には、創造性や自主性を育てる総合的な「CA」授業(70分)を開講。男子は剣道、女子はダンスが必修。